敵わない彼女
中二になるとき、父の仕事の関係で関東から九州に引っ越した。
東京のベッドタウンだった地区の学力レベルは高く、私は新しい学校ですぐに一桁台の順位という好成績を修めた。しかし、どうしても抜けない生徒がいた。それが山名瞳子だった。成績の差は僅か。なのに、同級生は質問を私にでなく山名さんにする。私はそれが面白くなかった。さらに気に食わないことに、山名さんがいいのは成績だけではなかった。彼女は運動もできて、社交的で、およそ欠点など見あたらないような女子だった。
ある美術の授業時間。不本意ながら山名さんの隣の席になった私に、
「ねえ、佐々木さんて万引きしたことある?」
と彼女が話しかけてきた。
私は穏やかでない内容に驚いた。なぜ山名さんがこんなことを尋ねてくるのか分からなかった。
「ない、けど……」
「そんな感じだよね。佐々木さん真面目だし」
笑って言った山名さんに私は苛っとした。
「山名さんはあるの?」
「あるよ」
間髪入れず、悪びれもなく答えた山名さんに私は驚いた。
「意外? 私、いい子じゃないもの」
そう言った山名さんの笑みは、先ほどとは違って困ったようなものだった。
いい子じゃない?
山名さんはどこから見ても欠点のない中学生だ。悪い子になんて見えなかった。それが悔しくて仕方なかったのに。
山名さんはどうして私にこんなことを言ったのだろう。
聞き返したかったけれど、山名さんはもうすでに私への興味を失っていて、アクリル板を掘るのに集中していた。私は消化不良のまま、彼女と同じように彫刻刀を手に作業に入った。
そんな山名さんと私は、県下一の進学校の推薦を受けることになった。結果、山名さんは受かり、私は落ちた。
「過去に行けるとしたら、日本から何を持って、どの時代のどこに行きますか?」
これが山名さんと私の命運を分けた面接官からの質問だったのだと思う。
私はとりあえず好きな三国時代の魏と答えた。持っていくものは、これまた日本ぽくて好物の梅干しにした。私は面接の質問の意図を全く理解していなかった。
私の中では、魏に行って、当時の武将たちの活躍を目にできればそれで良かった。自分がその時代に影響を及ぼすことなんてこれっぽっちも考えていなかった。
「山名さんはなんて答えたの?」
私は面接の帰り道、興味半分で山名さんに尋ねた。
山名さんの回答は、「太平洋戦争中のアメリカに、日本から原爆の惨状の写真を持っていく」という回答だった。山名さんはアメリカの原爆投下を阻止しようと考えたのだ。
このとき、私は猛烈な羞恥心と嫉妬心を覚えた。負けた。そう思った。
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