第33話 陰口

 チア部には、1年生の中で一番可愛いと言われている早川麻美が在籍している。

 その子は可愛いって自分の容姿に自信を持っているというか、女のプライドが見え隠れする。


 ずっとチヤホヤされて来たんだろうなぁって思うし、それも仕方がないと思う愛らしさ。

 私とは違ったタイプの女の子。

 私もそれなりには自信はある方だけどさ。

 格が違うっていうかさ。

 そんな感じの女の子。


 小さい頃からバレエをやっていたみたいだから、チアでも様になるしね。

 正直、羨ましいよ。


 ――冬の温もりをひとしきり感じで、期待感を募らせていくばかりだけど、今は我慢してチアの部室に戻ろうとしたら、その可愛い後輩の早川麻美とすれ違った。


 麻美がチラっと私に向けてくる視線はどこか鋭くて、何だか勝ち誇ったようで、イヤな予感がした。

 視線だけじゃなくて、彼女が手に持っているのは私の鞄だったんだもん。


 ちょっと……何?

 あの……鞄の中にあるモノが無いと、私……すごく困るんだけど。


 ちょこちょこと小さく歩いてチア部の部室に戻っていたけど、引き返すはめに。


 部室棟から体育館に行く途中で何とか追いついた。

 だって、普通に歩けないんだもん。

 チアスカートが万が一、めくれたりしたら大変でしょ?

 それに誰かに途中で合うのも避けたかったし。


 麻美と冬が二人で何か話しているのを見つけて、そっと物陰に隠れて耳に全集中。

 隠れる必要なんてなかったかも知れないけど。

 盗み聴きしているみたいで、っていうか、明らかに盗み聴きなんだろうけど、それは許して。


「秋山先輩っ」

 可愛い麻美の声が聞こえる。

「ん?」

 少しだけ語尾をあげて、いつものような素っ気なくて短い疑問形の冬の声。


「単刀直入に聞きますけどぉ、秋山先輩と桃瀬先輩って付き合ってるんですかぁ?」

 男に媚びるような猫撫で声の麻美の声。

 その声と言い方で、麻美が冬の事が好きなんだって分かる。

 どこまで人気があるのよっ。

 あの早川麻美までもが、冬の事を狙っていたとか。

 

「ん」

 即答で、素っ気ない短い言葉で肯定する冬にトキメキめいてしまうけど、どうなるのかハラハラ展開でもあったり。

 私が絡んでいなければ、だけど。

 私が絡んでるから、大いに気になるの間違いかもだけど。


「なんで、桃瀬先輩なんですかぁ?」

 あたしじゃダメ?って言いた気な甘い響きに、心臓がドキドキとする。

 麻美に言い寄れたら、さすがの冬も揺らいじゃう?


「好きだから」

 そんな私の心配とは何だったんだろうって思う程に……。

 冬の言葉は、もう即答でストレートで、それ以外に何かあるの?って口ぶりにキュンキュンする。

 照れる、嬉しい。

 またピョンピョン飛び跳ねたくなる。


「あのぅ……あんまり、先輩の悪口は言いたくないんですけどぉ……」

 それでも一歩も引かないで、むしろあたしの方が絶対にいいですよ。ってばかりの

口調と裏腹に麻美の強気な言葉。

 って、私の悪口?

 まぁ、それは色々と言いたい事はあるのは分かるけどさぁ……。

 聖人でも何でも無くて、ただの一般人だし。


 とは言っても、あたしを下げにしようとする勿体ぶった前振りに落ち着かない。

 私の心はさっきからジェットコースターのように激しく揺さぶられて。


「ん?」

 興味がないように、言いたくないなら言わなくていいんじゃね?ってばかりの冬の短い言葉。

 さっきから『ん』ばかりだけど、その言い方とニュアンスで冬の言いたい事は分かってしまう。

 分かってるつもりだけかも知れないけど。


 多分、麻美には分からないと思う。

 分かっていても引き返せないだけかも知れないけど。


 カバンを開ける音が聞こえて。

「これ、桃瀬先輩なんですけどー」

 私の鞄の中から、冬専用にの薄いアンスコを見せた事がわかる。

 やだっ……恥ずかしい。

 麻美に対して、何を勝手に!とかじゃなくて、今から私の秘密の一部を冬に知られてしまうんだって気持ちが強くて……。


「おかしいと思いませんかぁ?」

「桃瀬先輩、ユニに着替えてましたよね。でも、何でこれがカバンの中にあるんですか?」

「こーんなに薄手の生地のアンスコっておかしくないですかぁ?」


 麻美の声は甘ったるいけど、棘があってマシンガンのようにまくしたてて。

 私の事を言ってるけど……。

 言われると恥ずかしいんだけど、冬はアンスコどころか、今もそうだけど、パンツすら履いてないって知ってるから。

 

 チアスカートの中に手を入れて、私の無防備なお尻をさっきまで触ってたんだから……。

 って、恥ずかしい。

 こんなの麻美に言ってマウント取ろうとしたって無理じゃん。


「ん」

 今度の『ん』は、だから?何なの?って意味の『ん』


「もうっ……秋山先輩、分かってますかぁ?」

 麻美は決定的だと思った言葉が空振りになったと感じたのか、『ん』を繰り返す冬に対して、少しイラついているよな感じがする。

 気持ちは分かるなくもないけど。


 でもね、その『ん』を理解できないと、冬の言葉責めの威力は弱まるよ?

 勿体ないなぁ、分かるとすっごく気持ち良いのに……。

 あぁんっ、もうっ、いぢわるぅってなって、鼓膜に凄い刺激をもらえるのに。


 って、違うでしょ。

 今、そんな事で優越感を感じてる場合じゃないって……。

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