第2話

 次の年も、その次の年も、ハロウィンの日の夕暮れ時にだけ、私とお兄さんは会って話をしていた。

 中学二年生、私が十四歳の時のハロウィンの日は休日で。

 当時、ちょっと仲良くなっていた子と、出かけていた。

 誰かと一緒に居る所をお兄さんに見られるのは、胸を張れる一方で恥ずかしくもある。

 その日のお兄さんは、私を遠目に眺めて、右手を肩くらいまで軽く上げてみせた。

 私は、お兄さんが見えないフリをして友だちと歩いていたけれど、帰ったらお兄さんに謝ろうと思ってた。

 日が落ち初めてから帰り道を急いで、お兄さんの姿を探しながら歩いていたけれど、もう居なくなっていた。

 翌年に会った時に謝ったら、お兄さんは笑って許してくれた。

 すごく安心した。


 お兄さんと私の関係は、それ以上になる事も、それ以下になる事もなく。

 毎年毎年、ハロウィンの日に一度だけ出会う。

 会って何か決まった事をするわけでもないけれど、私はお兄さんと会うのを一年の楽しみにしていた。

 自分の誕生日よりも、夏休みが始まる日よりも、好きな一日になっていたのだけど。

 私が高校を卒業した次の年の、十八歳のハロウィンの日。

 お兄さんから一方的に、お別れを告げられた。

 なぜもう会えないのだろう。

 その時の私は、とても疑問に思ったけれど。


「大きくなったね、アヤカちゃん。もう立派な女の人だ」

「そうよ。私は賢いレディになったの。簡単に負かされて泣くような、弱い女にもならなかったわ」

 私が胸を張って答えると、お兄さんは少し驚いた顔をした。

「もしかして、お兄さんが言った事を、ずっと覚えててくれたのかい?」

 私は微笑んで頷く。

 あの時、幼い私の頭を撫でて、慰めてくれた優しい人から、教えてもらった。

 私は、強い子なんだって、お兄さんが信じててくれたんだ。

 いつからか胸に刻んでいた言葉に背中を押されて、守られて、私は生きてきた。

 きっとお兄さんは、私を見守ってくれている。

 また来年も、お兄さんは私に会いに来てくれる。

 そう信じて生きてきたから、私はお兄さんに感謝してる。

 私は、こんなにも成長できた。

 でもお兄さんは、初めて会った時と全く同じ。

 それが、なんだか少し不思議だ。

「ありがとう、お兄さん。変わらないでいてくれて。私、お兄さんにずっと助けられてきたような気がする」

「そうだね。でも、アヤカちゃんと会えるのは、今年で最後だよ」

 どうして?

 私は、お兄さんの言葉に、頭がぐちゃぐちゃになりそうになる。

 どうして会えないの?

 どうして最後なの?

 どうして理由は教えてくれないの?

 どうしてそんなに、嬉しそうに笑っているの?

 私はお兄さんから、急に裏切られたような気持ちがして。

 泣きたいわけじゃ、全然、無かったのに・・・・・・。

 お兄さんは、声を殺して涙をこぼした私の頭に、そっと手を置いてから。

 ぽん、ぽん。

 ゆっくり、しっかり、赤子をあやすようにしてくれた。

 初めて出会った時と変わらない、固くて大きな手のひらが。

 そっと私から離れていく。

 お兄さんの襟元にかけられた黒色の紐がゆるんで、キラリと何かが光った。

 青緑の服が遠のいて、小さくなって見えなくなって。

 山へ帰るカラスの声が、まるで私を嘲笑っているみたい。

 夕闇が迫って、暗い空が広がる。

 お兄さんとは、それきり本当に会えなくなった。

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