第3話

 二十歳になった私は、育った孤児院を出て、一人暮らしをしていた。

 院長先生に渡された地図を持って、私は丁寧に片付けた部屋から、背筋を伸ばして出かけていく。

 孤児院を出る日、院長先生から写真を二枚渡される。

 一枚は、一度見たことのある写真。

 白い紐のペンダントを着けた大人の人が、ベビードレスを着た私を抱いている。

 もう一枚は、一度も見たことの無い写真。

 ベビードレスを着た私を抱いている女性の手元は、危なっかしくて、今にも落っことしてしまいそう。

 女性の顔立ちは幼く、困ったような表情で、隣に立つ男性を見上げている。

 赤ん坊の私を見下ろして、両手を宙の微妙な位置に浮かばせている男性の首には、白い紐のペンダントがかけられていて。

 綺麗なピーコックブルーのジャケットを羽織っていた。

 地味で冴えない顔。

 あのお兄さんだ。

 驚く私に、院長先生が二枚目の写真を指して、説明をくれた。

「アヤカちゃんのご両親だよ。お母さまは、あなたを産んだ当時まだ若くてね、学生だったんだ。アヤカちゃんは乳離れして間もなく、お父さまに引き取られた。でもそのお父さまは、アヤカちゃんがまだ三歳にもなっていない頃、交通事故で亡くなってしまった」

 その後、私は母親の元で育つはずだったけど、親族の強い反対があって、孤児院に連れて来られた、という話だった。

 私の母親の事も個人情報になるから本人から許可をもらえてようやく話せた、と言って院長先生は私に頭を下げる。

 私に母が居た事には、もちろん驚いた。

 てっきり私は、誰が親かも分からない捨て子なのだ、と思っていたから。

 ただ、私にはそれよりも、心臓を締め付けられるようにびっくりした事が、あっただけで。

 ──お兄さんが、あのお兄さんが、死んでる?

 青緑の服に付いた黒いシミ、襟元から見えた黒色の紐。

 そうか、すごく、痛かったんだろうな。

 院長先生の胸で、思わず私は泣き崩れる。

 私の背中をさすりながら、院長先生が謝り続けてくれた。

 でも、違う、そうじゃない。

 私は悲しいんじゃない、怒ってるんじゃない。

 とても幸せなの。

 私のお父さんは、毎年、年に一度だけでも、私の顔見に来てくれていたんだ。

 涙が止まらない。

 ありがとうって言いたい。

 私、こんなに大きくなったんだよって。

 けれど、お兄さんとは、お父さんとは、もう会えないんだ。


 今振り返ると、とても素敵な、不思議な思い出。

 大切で大好きな家族との思い出。

 地図が示すのは、私のお母さんの家。

 そこにはお母さんと、はしゃいでいる小さな私を抱くお父さんの写真が、すっかり大人になった私を待ってくれている。

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