ローズレッド
またある時、メアリーと私は人形ごっこで遊んだ。
人形はメアリーの持っている物で、私は人形を借りて遊んでいた。
メアリーの人形は、どれも可愛らしい女の子。
私はその中でも、黄緑色の服を着た人形が好きで、メアリーは赤い服を着た人形が好きだった。
人形を自分の子どもみたいにして、お世話ごっこをする。
メアリーは、もし子どもを持つなら五人くらいほしいと言っていた。
私はまだそういうのは分からなくて、そういう事は大人の人が考える事でしょ? って答えたっけ。
※
メアリーと私は、ほとんど毎日、一緒に遊んでいた。
それを屋敷の人が許してくれていたのは、メアリーの強い願いがあったからだって、後から知らされた。
そう、あれは、私達が十四歳の秋の事だった。
メアリーと服を取り替えっ子したのが七歳の時だったから、あれから七年経った事になる。
メアリーは、急に遊べない日が多くなってきていた。
私はそんなメアリーが心配ではあったけれど、身分が違うのに一緒に遊べていた今までが、奇跡のような時間だったんだろうと思って、深く考えなかった。
メアリーが軽く咳をしても、風邪気味なんだろうと思っていた。
本当は、もっと気をやって、メアリーを見ていてあげるべきだったのに。
メアリーとは、冬前になると一層、会えなくなった。
それでも二、三週間に一回くらいは会える日があって。
でも、屋敷の外で遊ぶ事は禁止されていた。
私も、自分の家の両親から、そろそろ子どもみたいな遊びはやめて、花嫁修業をしなさいと言われていたから。
メアリーもそうなのかなって、勝手に思ってた。
それが、そうじゃないのだと知ったのは、クリスマス前の水曜日。
メアリーが、咳をして血を吐いた。
私は驚きながらも、急いで屋敷の人に伝えて。
でも屋敷の人はあまり驚かずに、すぐにお医者様を呼んだ。
ベッドに寝かされて、浅い呼吸を繰り返すメアリー。
私は、そんなメアリーの姿が信じられなくて、お医者様にしがみついた。
「メアリーは! メアリーは大丈夫なんですよね。ただの風邪か何かですよね。また元気になりますよね!」
必死だった。
メアリーは、今年に入ってからだんだんと、肺が弱っていったらしい。
病が他人にうつる心配は無いが、治る見込みは薄い。
来年のクリスマスには、もう駄目だろう、と言われた。
私は、どうしたら良いのか分からなくなって。
涙を堪えながら、メアリーの手を握った。
「メアリーアン、大丈夫よ。これからは私がずっと着いててあげるからね。一人になんてしないわ。また一緒に遊びましょう?」
この時には、私の意思は固まっていた。
もしメアリーがこのまま弱っていって、本当に二度と会えなくなったら。
神様なんて、絶対に信じない――。
メアリーは、日毎に弱っていった。
私は自分の両親にメアリーの事を話し、今はメアリーの傍に居させてほしいと言って、頭を下げた。
両親は許してくれたけれど、条件付きだった。
もし、私と結婚したいと言う男の人が現れたら、メアリーよりその男を優先させなさい。
私は、どうかそんな人は現れないでと神様に願った。
願ったのに、春には私に結婚を申し込む男性が現れた。
その人は、私より一回りくらい歳上で、だけどすごく優しい男性だった。
メアリーの事を話すと。
「領主様が居るからこそ我々領民は暮らしていける。その娘さんの事なら、きっと神様もお許し下さるだろうから。家の事は気にせずご息女についていてあげなさい」
と、言ってくれた。
とはいえその言葉を鵜呑みにする訳にはいかないから、家の事をやりつつメアリーの屋敷に通う日々を送っていた。
真冬になると、メアリーは胸を抑えて苦しむようになった。
「大丈夫だから。ね、笑ってローズレッド?」
そう言いながら、額には脂汗が浮かんでいる。
私はメアリーの屋敷を出てさよならをする夜が、怖くなっていた。
春になった。
冬を越せば、メアリーは元気になるんじゃないかと淡い期待をしていたけれど、そんな奇跡は起きなかった。
メアリーは寝たきりになって、寝返りを打つのもしんどそうだった。
私に出来る事はない? と尋ねたら。
「そばにいてくれるだけで・・・とってもうれしいわ」
と言われた。
私は、メアリーから離れたくなくて、夫と両親に何度も頭を下げて。
どうか、メアリーの傍でつきっきりで看病してあげたいから、許可を出してほしいと頼み込んだ。
夫はすぐに許してくれたけれど、両親はいつまでもいつまでも、許してくれなかった。
春が過ぎ、夏がそろそろ来るという頃になって、両親はようやくメアリーの傍に着く事を許してくれた。
でも、その頃には私は妊娠していて、お腹が大きく膨らみ始めていた。
仲の良い領民の人たちから「おめでとう」と言われるたび、複雑な思いを抱えた。
赤ちゃんが出来た事が、嬉しくない訳じゃない。
ただ、今も寝たきりのメアリーの事を思うと、どうしても心から喜べる気持ちにはなれなかった。
メアリーは、私に赤ちゃんが出来た事をすごく喜んでくれた。
「なまえ・・・かんがえた?」
「いいえ。男の子か女の子か、生まれてからじゃないと分からないから」
「そう・・・」
「あのね、メアリー。一つお願いがあるの。もし赤ちゃんが無事に産まれてきたら、メアリーアン、赤ちゃんの名付け親になってくれる?」
それはずっと考えていた事で、夫も是非にと言ってくれた事だった。
メアリーは驚いた顔をしてから、力無く笑って。
「あたしが・・・なづけおや。すてきね・・・うれしいわ。あかちゃん・・・げんきに、うまれるまで・・・がんばらないと、ね・・・」
「ええ。ええ! 頑張って、メアリー!」
私は、涙を流しながらメアリーの手を握った。
秋が近づいてきた。
メアリーは起きている時間が短くなってきていた。
私はつわりがようやく治まって、でもお腹は大きくなるばかりで、段々と母親になる自覚を持ち始めていた頃。
赤ちゃんに何かあるといけないからと、とうとうメアリーの屋敷の人から言われて。
傍に居る事さえ許されなくなってしまった。
でも屋敷の人も、私の身を案じて言ってくれているのが分かるから。
私は、黙ってそれを受け入れた。
メアリーとは、手紙でやり取りをした。
手紙と言っても、私は文字が読めないし書けない。
だから夫を頼って、メアリーからの手紙を読んだり、返事を書いたりしていた。
夫が優しい人で、本当に良かったと思った。
景色が移ろいゆく。
あんなに青々としていた木の葉が、色を明るく変えて、地面をその色に染め抜いてゆく。
私のお腹はぱんぱんに膨れ上がり、立ったり座ったりするのも一苦労になっていた。
メアリーの屋敷の人が家までわざわざやって来て、明日メアリーの部屋に来てほしい、と言われた。
私は翌日、すぐにメアリーの屋敷まで向かった。
一人では危ないだろうと気遣ってくれた夫が、私の手を引いて一緒に歩いてくれる。
私は、私の夫をとても誇りに思った。
メアリーの部屋に入ると、私は顔が青ざめていくのを感じた。
メアリーは、ベッドから半身すら起こせず。
首だけをこちらに向けて、微笑んでいた。
「ありがとう・・・きてくれて。まってたわ」
「勿論来るに決まっているじゃない! 今日はどうしたの? 何か急ぎの用事かしら?」
私はメアリーのベッドの横まで速歩きして、メアリーの手を両手で包み。
つとめて明るい声で尋ねた。
声が震えないように必死だった。
明るい声で話していないと、せっかく会えたのに涙でメアリーの顔が見られなくなってしまうから。
「なまえ・・・かんがえたの・・・よ」
メアリーの声は、とてもとてもか細くて、聞き取るのもやっとなくらいだった。
なのにメアリーの瞳は輝きを失っていなくて、楽しげに私に話しかけてくれる。
私は、昔と変わってしまったメアリーと、昔とちっとも変わっていないメアリーの姿を見て。
自分がなぜか恥ずかしくなった。
私は、昔と変わらない自分で居られているだろうか。
「名前決まったのね。ありがとう、嬉しいわ! 男の子なら、なんて名前なの?」
「エアリアル。そらのように・・・どこまでも、おおきく・・・なれるように」
「まあ、素敵ね!」
「おんなのこ・・・なら、ローズレッド。あなたと・・・おなじなまえ・・・よ」
「冗談? メアリー本気なの?」
肩をすくめながら聞き返した私に、メアリーはけれど微笑みを崩さないまま。
それで、ああ本気なんだな、と思った。
どうやらメアリーは、ローズレッドという名前を。
私が思うよりずっと、気に入ってくれているようだった。
「リリーアンナと・・・ね、なやんだの。でも・・・やっぱりローズレッドは・・・すてきななまえ・・・だから」
「ありがとう、メアリー。とっても嬉しいわ。きっとこの子も喜んでる」
お腹をさすりながらそう伝えると、メアリーは目尻を光らせながらにっこり笑った。
メアリーの涙には、気づかないフリをした。
その後、夫がメアリーに丁寧に礼を言って、私達はメアリーの部屋から出た。
家まで帰り着くと、私は堪えていた涙をどっと溢れさせた。
メアリーの手は、小さくなって細くなっていた。
あまり物を食べられていないのだろう。
もしかしたら、眠るのも苦しいのかもしれない。
なのにメアリーは、昔と変わらない瞳をしていて。
どうして神様は、メアリーみたいな良い子を世界から取り上げようとしてるんだろうと思った。
冬が来て、すぐにメアリーは居なくなってしまった。
その場に私は居なくて、友達なのに居なくて。
大親友だと思っていたのに。
メアリーは、私よりずっと先に、天国へ旅立って行ってしまった。
春先、私は子どもを無事に産み落とした。
とても可愛い、可愛い女の子だった。
名前はメアリーからもらったローズレッドと名付けた。
どうしてか、涙が止まらない。
我が子は可愛いのに、無事に産まれてきてくれて嬉しいのに、涙が止まらない。
夫はそんな私を気遣うように、私の手を優しく握って、そっと抱きしめてくれた。
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