第61話

「おっ!こんばんはー」


「…こんばんは」



一応笑顔で答えたけど、きっと遠いし暗いからよく見えなかっただろうな。

近づいてきながら男性は、なぜか少し興奮気味に話し始めた。



「あ、なんかいきなり声かけちゃってすみません。一人でちょっとした賭けをしてまして…。そこにあなたが現れたもので、つい話しかけちゃいました」


「大丈夫ですよ。…で、いきなりですけど賭けってなんですか?」


「あ、あー、それは超個人的な事なんでちょっと恥ずかしくて話せないんですが…。あ、俺、あずまって言います。名前は一葉イチハ。一つに葉っぱって書いて、イチハ。バイクで事故って、骨を折っちゃって入院中っす」



背も高く威圧感があって見た目は恐そうだったけど、実際に話し始めると気さくそうな感じで、印象は割と良かった。



「私、森山紗織と言います。脳腫瘍で入院してます」


「えーっ!そうなんですか?結構重いんですか?」


「んー、はい。まぁ一時は余命宣告とかされちゃってて、死にかけてました。でも今はもうほとんど治ってて、来月には退院できるんですよ」


「そうなんだー!?あ、俺は来週退院なんですよ。なにげに二週間も入院っすよー。紗織さんはいつから入院してるんですか?…で、ちなみに今いくつなんですか??」



『今いくつ?』


…その質問に、どう答えるべきか少し戸惑ってしまう。



「…わ、私、治療のためにコールドスリープで延命措置をしたんですよ。実は昨日…って言っても数時間前なんですが、12年振りに目覚めたんです。12年前に二十歳で入院したから………32歳です」



自分で言いながらすごい違和感を感じ、その事実にぞっとして鳥肌が立ち、声は震えていた。


…そうだ、私32歳なんだ…。


言い尽くせないほどの喪失感…。


ちょっと涙がじわっときちゃってて泣きそうだけど、初対面の人の前で泣く訳にはいかない。



「そっかー。あー、じゃ、ハタチって事っすね。俺、26だから、一応俺が6つ上って事になるのかな?」

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