第75話

私は普段、出かけるときはだいたい帽子をかぶっている。

冬場であれば、ほぼ100%といってもいいくらい。


だから一昨日も、今年の始めのあの日も、翔瑠さんに会ったときは帽子をかぶっていた。


今は食事の場だから脱いじゃったけど、薄暗い店内だし、前髪は下ろしてて化粧もしてるから、傷は絶対に見えるはずがない。


…事前に知ってたって可能性は…ないと思う。


この傷のことは、家族と璃咲と、昔仲良かった数人とかしか知らないはずだし。

考え尽くしても、分からない。


…なら、全ては翔瑠さんに委ねることにしよう。


私は意を決して、左手で前髪を上げた。

化粧はしてても、意識して近くで見れば分かるはずだ。



「………!!!」



翔瑠さんは目を見開いて、興奮して過呼吸気味になってしまっているようだ。


…本当に本気で驚いた時、人って声が出ないのかもしれない。

ここまで話していたのが嘘じゃないってことが、その表情から伝わってきた。


…でもそうなると、逆に意味が分からなくなってきた…。


夢は夢で、その存在はそれ以上でもそれ以下でもなく、ありえない現実とか、現実から創造された偽りだったりするはずなのに。



「…も……」



浅く早い呼吸の中、翔瑠さんは何かを言おうとしている。

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