お土産はお茶と二人だけの夜
薬が効いたのか私の熱は二日で下がった。
北京動物園に行ったみんながお土産にと買ってきてくれたのは、パンダのぬいぐるみだった。ただのぬいぐるみではなく、スイッチを入れると音楽が流れて、目が緑に光って足が動くという、なんとも中国らしいものだった。(悪い意味ではありません)
「森田さんが何かお土産買っていこうって言ったんだよ」
毬絵の言葉。それだけで不気味なパンダのぬいぐるみがなんだか愛おしくなった。
最後の遠出は天津だった。天津では気に入った石を選んで印鑑を作ることになった。
彫ってもらっている間に有名な小籠包の店に行くことになった。お店は有名なだけあって大賑わい。だいぶん待たされて、やっと席に案内されて食べた小籠包の味は忘れられない。弾力があるのに柔らかい皮を噛むと中に入っている熱々のスープがしみ出てくる。
「「好吃(おいしい)!」」
思わずみんなの声が重なった。
天津の商店街は協定が結んであるらしく、値切ろうとしてもなかなか値が下がらない。私たちはちょっと高めではあるけれど北京で見かけなかった珍しい物をそれぞれ購入した。
四週目は最後の週。授業後はお土産を買うための外出が中心になった。
王府井で女子は卒業パーティーに着ていくチャイナドレスを選んだ。スリットがきわどいところまで入っているので、日本では着る機会はない気もしたが、一度は着てみたいと思ったのは私だけではなかったようだ。私は黒に金糸の刺繍が施されているのを買った。北京で買い物をしたものの中で一番高額だった。
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中国のお土産は中国茶がいいと老師から聞いた私たちは、たくさんの茶屋が集まる馬連道に行くことにした。
商売上手な小姐(お姉さん。定員さん)が試飲をたくさんさせてくれる。その度に飲んだお茶が気になり多くの種類のお茶を買うことになった。
中国の緑茶は龍井茶が有名で、等級も上から下まであって、良いものはかなり高い。よくお店で出される茉莉花茶は比較的安く、烏龍茶は高額だった。日本の烏龍茶に慣れていると、中国の烏龍茶の味に驚かされる。特に台湾でとれる凍頂烏龍茶は後味が甘く、本当に烏龍茶なのかと思うほどだった。
八人もいると、誰がどのお茶をいくつ買うかというのがややこしく、量り売りなので袋に密閉してもらう作業とお金を計算する作業にかなりの時間を要した。
この日はナイトマーケットに行きたいと毬絵は言っていて、日が暮れ、茶屋に残る組とナイトマーケットに行く組に分かれることになった。私は茶屋に残ることにした。森田さんも茶屋に残った。
偶然にも二人きりになった私たち。でも、甘い雰囲気は微塵もなかった。二人で黙々と誰がいくら分買ったというような計算をしていく。袋詰めと計算が終わった時には二十一時を回っていた。
「お腹すいたね。何か食べて帰ろうか」
「はい」
私と森田さんは近くにあったケンタッキーに入った。
中国風の味付けなのか、フライドチキンは辛目だった。
「辛いね」
「ですね。私、辛いの実は苦手で、舌が痛いです」
「いつもメニュー頼むとき、『辣不辣(辛くない)?』って訊きましたよね」
「ですね」
「そういえば花咲さんは何年生なんですか?」
「私は二年です。森田さんは?」
「俺は三年です」
「学部は何ですか?」
「法学部です」
「そうなんですね~」
ぎこちない会話が交わされる。それでも私は幸せだった。いつもより森田さんが笑ってくれている気がするのも嬉しかった。
「明日は卒業パーティーですね。花咲さんは何色のチャイナドレスにしたんですか?」
「明日まで内緒です」
「じゃあ、明日が楽しみだな。ナイトマーケットは行かなくてよかったんですか?」
「蠍の素揚げとか私食べたくないですから」
「俺は比較的なんでもいけますよ」
「そうなんですか? それならなんで森田さんこそ行かなかったんですか?」
「花咲さんを一人で残すのは危ないじゃないですか。花咲さんって、しっかりしているようでどこか抜けてるんで」
「そ、そうですか?」
「前門でも一人ぼんやりしてはぐれそうになってましたよね」
何気なく言われた言葉に私はどきっとした。ちゃんと森田さんは見ててくれてたんだ。それが分かって感動さえ覚えた。しかし、次に、
「飯田さんはしっかりしてますよね」
と毬絵の名前が出て、今度は急に心が萎んだ。
「……毬絵はそうですね、お姉さんタイプですよね」
会話が途切れた。話題に困っていると、森田さんが口を開いた。
「俺、法学部に入ったはいいけれど、就職、どうしようか迷っていて。それで中国に来てみたんですけど、面白い国ですよね、中国。俺、こっちのほうが暮らしやすいかも」
「え? じゃあ、こっちで就職するってことですか?」
私の声が驚きに高くなる。
「いや、そこまでは考えてないけれど、もっと視野を広げてもいいのかなって思った」
「ああ、でも私も世界は広いんだなって感じる一ヶ月でした」
「みんなにも会えたしね」
「そうですね」
「そろそろ22時になるね。タクシー捕まえて大学帰ろう」
「森田さんと二人きり、どうだった?」
先に部屋に帰っていた毬絵に訊かれて、
「うん。普通の会話をした」
としか言えない自分がちょっと情けなかった。
私はせっかく森田さんと会えたのに、このまま普通の友達のままでいいのかその夜悩んだ。
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