風邪に沁みるやさしさ
北京は八月半ばから風が急に秋めいてきた。PM2.5のせいなのか、北京の空気は埃っぽく、北京に来てから喉の調子がずっと悪かった私。それでも熱は出なかったから放っておいたのが災いして、急に涼しくなった三週目、風邪を引いてしまった。
みんなは今日どこに行くのかな。置いてけぼりは寂しいな。
うじうじ考えながらも、いつの間にか眠ってしまっていた私を起こしたのはノックの音だった。
「誰阿(だれですか)?」
慌てて尋ねると、
「森田です」
と返事がして私は飛び起きた。寝癖がついていないか気になったけれど、鏡がないから確認のしようがない。私は震える手でドアを開けた。
「具合が悪いと聞いて……」
「ありがとうございます。単なる風邪なので寝てれば治りますよ」
「これ、良かったらどうぞ」
森田さんが渡してきたのは、フリーズドライの雑炊と味噌汁だった。そして、風邪薬。
「これ……日本のものですか?」
「うん。色んなもの日本から持って来てたんで」
「もらっていいんですか?」
「どうぞ」
森田さんのサングラスの奥の目が笑っていた。
優しい笑顔に私の心臓がとくんとはねる。
「ありがとうございます」
「不用謝。早く元気になってください。また一緒に観光しよう」
そこに毬絵が戻ってきた。
「あれ、森田さん?」
「それじゃ、俺戻るんで」
慌てて帰っていく森田さんを見て、毬絵は、
「タイミング悪かった?」
と申し訳なさそうに言った。確かにもう少し話したかったけれど、何を話せばいいか分からなかった私は「そんなことないよ」と首を振った。
「今日はどこに行くの?」
「北京動物園」
「熊猫(パンダ)がいるんだよね」
「うん。ちゃんと写真たくさん撮ってくるから、光里はゆっくり休んで早く治してね」
私は森田さんの持ってきてくれた雑炊と薬を飲んでベッドに入った。久しぶりに食べた雑炊の味は優しくて、心身に染みた。
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