気になるコワモテの彼

「メシ食いに行こうぜ!」


 授業後は、私と毬絵、毬絵の友人の杉本有紗さん、吉田衣織さん、そして高宮と、高宮と行動している男子三人の八人で食事をすることが日課になっていた。


 大学内には食堂があって、昼食はそこで食べる。夜は大学内にあるいくつかのお店、もしくは大学外の近場の店で食事した。大人数で色々な品を食べるのが中国流で、その方が割安だし、何よりみんなで食べるのが楽しかった。


 高宮とつるむ三人の男子の中で一番に名前を覚えたのが森田さんだった。森田さんは他の男子と雰囲気が明らかに違った。口髭を生やし、円形の黒いサングラスをかけていたからだ。表情が分かりにくく、口数も少なかった。あとの二人は、山田さんが眼鏡をかけてる人、村上さんは少し女顔、と覚えた。



 北京の料理はそこそこ美味しかったが、水か油が合わないのか、一週目はお腹を下した。それは私だけではなかった。それでも初めての週末の企画は万里の長城見学だったので、体の調子が悪くてもみんな行った。


 八達嶺長城の近くまで貸し切りバスで行き、それからは延々と続く山登り。ようやく長城内に着いた時は暑さと疲労でふらふらだったけれど、目前に広がる遠くまで伸びる長城、そして長城から見える広大な景色に感動した。よく作ったものだ。作らなければならない理由。作った民の労力。作ってからも繰り返されただろう争いを思うと、感慨深かった。私たちはしばらく長城からの風景を堪能して、登ってきた道を降りた。途中、気分が悪くなった私はみんなに先に行くように促したのだけれど、毬絵は一緒にいてくれた。意外だったのは森田さんだ。森田さんは私の後ろをゆっくりと歩いていた。そして、



「きつかったら肩かすから」



 と言ったのだった。森田さんはもしかして見かけとは違って優しい気遣いのできる人なのではないか。ギャップにすっかりやられてしまった私はもっと森田さんのことが知りたくなり、積極的に森田さんに話しかけるようになった。



「今日も暑いですね、森田さん」

「そうですね」

「学校の池の蓮の花、見ました? めちゃ大きくて綺麗ですよ!」

「蓮? ああ、あのピンクの花、蓮だったんだね」



 ご飯の時もできるだけ森田さんの隣に座るようにした。隣に座れば食べ物を装ったり、調味料を渡したり出来る。そんな時、森田さんは、


「謝謝(ありがとう)」


 と毎回言うので、私も、


「不客気(気にしないで)」


 と答えることにした。まるでそれが合言葉のようになった。




 近くのスーパーにさえ恐る恐る行っていた私たちは、二週目から段々と行動範囲を広げていった。

 前門。頤和園。景山公園。故宮。王府井。天壇公園。

 授業後、いつものメンバーでバスと地下鉄を乗り継いで回った。

 言葉が満足に通じない中、自分たちだけで観光をするのは想像以上に難しく、乗るバスを間違えたり、お金が足りなくなって歩いたり、一緒に困難を乗り越える度に私たちは打ち解けていった。

 それはもちろん仲間としてで、私と森田さんの仲はそれ以上にはならず、私は内心ヤキモキしていた。

 

 他の男子より声をかけているつもりだ。森田さんは私の好意に全く気付いてないのだろうか。それとも脈が全くないってこと?




「ねえ、光里ってさ、森田さんのこともしかして気になってる?」


 夜、中国ドラマを見ながら宿題をしていた時、毬絵が尋ねてきた。


「うん。やっぱりバレバレ?」

「うーん、光里は高宮君と仲良いから、バレバレではないと思う。でも、光里をよく見てたらなんとなくそうかなって」

「そっか。でも、肝心の森田さんには伝わっていないっぽい。いいのか悪いのか……」

「森田さん、サングラスかけてて表情分かりにくいし、難しそうだね。でも、良い人そうだよね。頑張って! 私は応援してる」


 ということは毬絵は森田さんに気はないということか。私は安堵してる自分は器が小さいなと思いつつ、


「ありがとう! 私、頑張る」


と返事した。

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