第52話 フェインの助言

「戻ったぞ……っておい、一体どうなってんだよ。何があった」


 イヴの行動を探って戻ってきたフェインは、ヴェルデの部屋に入って眉間に皺を寄せた。ヴェルデの部屋の中は物という物があちこちに散乱し、肝心のヴェルデはソファに座り仰向けになって顔を片手で覆っている。


「フェインか。どうだった」

「……イヴは今のところは別段何も怪しいところはないな。兄たちはイヴの言う通りローラを狙ってる。まだこちらの居場所は掴んでないようだけど、時間の問題だろう。そんなことより」


 フェインは床に散乱した本を一冊拾いながらヴェルデを見る。


「ローラのことで躍起になってるのか。イヴはエルヴィン殿下の末裔ではあってもエルヴィン殿下自身ではないだろ」

「そんなことわかってる」

「だったら……」

「それでも!」


 ヴェルデは腕を下ろし体を起こしフェインを睨む。そこには憎悪に塗れた顔のヴェルデがあった。


「ローラはあの男に心を揺さぶられてる。あいつの一挙一動がローラの心をざわめかすんだ。俺にはわかる、まるでエルヴィン殿下に優しくされているかのように戸惑っているんだぞ。俺の前で、俺がそばにいるのに、もうエルヴィン殿下はいないのに……」


 また部屋の中で物がカタカタと揺れ出す。そんな状況に、フェインは静かにため息をついた。


「そうだ、お前の言う通り、もうエルヴィン殿下はいない。エルヴィン殿下の亡霊に取り憑かれているのはローラじゃなくてお前の方なんじゃないのか」


 フェインの言葉に、ヴェルデは両目を見開いてフェインを見る。


「ローラは今、お前と出会って前を向いて生きている。でも、彼女が今まで生きてきた中で過去があるのは仕方のないことだろう。お前はローラの過去まで否定するのか?エルヴィン殿下に愛されなかったローラは確かに可哀想だし、百年も眠り続けることになったなんて悲劇以外の何者でもない。それでも、お前はローラに向き合って彼女の絶望を受け止めようとしてきただろう。そしてローラもそんなお前だから一緒にいるんだろうが」


 フェインが言葉を発すると、部屋の中の揺れがぴたりと止まった。


「お前にとってローラの過去は未知のものだし知りたくないことだっていっぱいあるだろ。でも、ローラには絶望的な過去以外にも、家族や友人と過ごした幸せな過去がたくさんあったはずだ。ローラの性格だ、どんな時だってひたむきに一生懸命向き合って生きてきたんだろうさ。それを、その全てをお前は否定するのか?お前がそんなに器の小さい男だと思わなかったよ」


 ふん、と言ってフェインは手に持っていた本を近くにポイッと投げ捨てた。


「いいか、お前にだって過去はある。生きてりゃ誰にだって過去も現在も未来もあるんだよ。彼女に執着するのは仕方ないにしても、彼女の過去を毛嫌いして否定するのは彼女自身を否定するのと同じことだと俺は思う。否定するならエルヴィン殿下本体だけにしろ。イヴはエルヴィン殿下じゃない。それだけはちゃんとわかっとけよ」


 フェインにそう言われたヴェルデは、脱力したようにフェインを見つめていたが、いつの間にか笑っていた。


「ははは、はは……そう、だな」


 項垂れながら両手で顔を覆い、ヴェルデは少しうめいた。


「俺は、俺はローラがそのうちイヴに惹かれてしまうんじゃないかと怖いんだ。エルヴィン殿下にそっくりなのにエルヴィン殿下とは全く違う優しいイヴに、ローラが奪われてしまいそうで、怖い……」


 そう言って微かに震えているヴェルデの横に、フェインは静かに座った。


「そんなこと絶対起こらない、とは言い切れないかもだけど、お前はローラと一緒に過ごした今までの時間が無駄だと思うのか?ローラがお前に向けてる気持ちを信じてやれよ。そんなに簡単に奪われてしまうほどの絆だったのかお前たちは」

「……違う、と思いたい」

「おい、もっと自信持てよ。誰がどう見たってお前たちは気持ち悪いほどのラブラブは夫婦なんだから。それに、今一番不安なのはローラなんじゃないのか」


 最後の言葉に、ヴェルデはハッとして顔をあげ、フェインを見た。


「エルヴィン殿下の子供を産んだイライザとか言うクソ女とその息子、そして末裔たちはずっとずっとローラを逆恨みして命を狙ってるんだ。それをエルヴィン殿下にそっくりな奴に告げられて正常でいられると思うか?きっと不安でしょうがいないだろ。それなのに、一番頼りたい人間がこんなじゃ、ローラは一体どうすればいいんだよ。一人で耐えろって言うのか?ふざけんなよ。お前はどんな時でもローラを守るって約束したんだろ、だったらこんなことしてる場合じゃないだろが」


 フェインの言葉を聞きながら、ヴェルデは両目を見開いて自分の服の胸元をぎゅっと握り締めいていた。そうだ、自分はローラをどんな時でも守ると、そして幸せにすると約束したのだ。


パァン!


 ヴェルデは自分の両頬を両手で思い切り叩いた。


「ありがとう、フェイン。目が覚めた。俺は本当に馬鹿だ」


 真剣な眼差しで前を見つめそう言うヴェルデを、フェインはやれやれと言った顔で嬉しそうに眺めていた。




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