第51話 戸惑いと嫉妬

 話は終わり、イヴが帰ろうとする。


「それじゃ。もう二度と会わないことを祈るよ」


「できれば、そうしたいものですね。ですがあなたの兄上たちがローラを狙ってる以上、そちらの動向を逐一調べるつもりですので」


「勝手にどうぞ。本当は協力してあげられればいいんだろうけど……」


 そう言って、イヴはローラを見るが、ローラはイヴと目が合ってびくりと肩を震わせた。


 エルヴィン本人でないとわかっているのに、顔も声もそっくりなイヴと目が合うと条件反射のように体がこわばってしまう。


「……ごめんなさい」


 静かにローラが謝ると、イヴは苦笑した。


「ローラ姫は何も悪くないだろ。そうなってしまうのは仕方のないことだ。それじゃ」


 眉を下げて笑うイヴを見て、ローラは胸がざわめく。イヴはエルヴィンではないのに、エルヴィンも笑ったらこんな風だったのだろうかと思ってしまう。


 複雑そうなローラの顔を見てヴェルデはまた苛立つような顔になり、顔を伏せた。


 イヴの背中を見送り、フェインとヴェルデは目を合わせる。フェインは静かに頷くとイヴのあとを追うようにして歩き出した。


 心配そうな顔でローラがヴェルデを見ると、ヴェルデは少し微笑む。


「フェインなら大丈夫だよ。深追いはしないで様子を見るだけだから」


 そう言ってローラの手を取り、ヴェルデは屋敷の中へ入っていった。





「……っ!」


 ヴェルデはローラを自室に連れ込みドアを閉めると、すぐにローラへ口づけた。


 何度も何度も、執拗に口づける。戸惑い逃げそうになるローラだが、ヴェルデは逃げられないように腰と頭の後ろに手を回していた。


 いつもの優しい口づけとは違い、何かに焦るような苛立つような、乱暴な口づけだ。


 ヴェルデの唇がローラの唇から離れたかと思うと、目が合う。その瞳はドロドロとした感情を溜め込み据わっていた。その瞳を見てローラはヒッと息を呑むが、ヴェルデは気にせずローラの耳や首筋に唇を落とし、手はドレスの中に入り込もうとする。


 優しいヴェルデはどこにもおらず、ただただ荒く乱暴にローラへ襲いかかろうとしていた。


「ヴェルデ様、おやめください……!ヴェルデ様、やめて……お願い、やめて!」


 ローラの声が部屋に鳴り響く。ヴェルデはその声にハッとしてローラの顔を見た。


 顔を赤く染め涙を目にいっぱいためながらヴェルデを見つめているローラ。


「ああ……ごめん、ごめんローラ……本当に……ごめん」


 ヴェルデはローラを力いっぱい抱きしめた。その力は次第に強くなり、このままだとローラは圧死してしまいそうなほどだ。


「ヴェルデ、様、くる、し……」


 ローラのうめき声にヴェルデはハッとして手を離す。


「ヴェルデ……様……」


 はあ、と息を整えてからローラが名前を呼ぶと、ヴェルデはローラから離れていく。そして頭を抱えると、部屋の中の物がカタカタと音を立てて静かに揺れだした。いつかの時のように、ヴェルデが自分を抑えられなくなっているのだ。


(あの男、エルヴィン殿下と瓜二つなんだろう。ローラの様子だときっと声も似ている。あの男がエルヴィン殿下のようにクズだったら良かったのに、真逆でローラをまるで気遣うような態度を取って……)


 ヴェルデは苦しそうにしながらローラを見る。


(あの男の表情に、言動に、ローラはたぶん心を奪われていた。怖がっているはずなのに、まるでエルヴィン殿下に優しくされたかのように戸惑っている。許せない、エルヴィン殿下はもういないのに、ローラの側にいるのは俺なのに……)


 ローラを見るヴェルデの目が据わっている。そのままヴェルデはローラの近くまで歩き、ローラの腕を掴んでドアを開け、廊下へローラを出した。


「今の俺は冷静じゃない。一緒にいたらきっとまたローラを襲う。体も心も傷つけてしまう。だから、俺が落ち着くまでは俺の前に姿をあらわさないでほしい」


「……そんな、ヴェルデ様!」


 バタン、とローラの目の前で強く扉が閉じられる。呆然としたまま、ローラは廊下に立ち尽くしていた。


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