第7話 希望

「ははは、驚くのも無理はありません。婚約者、といっても婚約者のふりをしていただくだけです。自分で言うのもなんですが、私は見ての通り器量よしです。しかも我が国では群を抜いて秀でている魔術師なので、言い寄って来るご令嬢が後を絶えません。ですが、私は国のために魔法の研究に没頭したいので、女性に興味がありません。ですので、女性避けのために婚約者のふりをしていただきたいのです」


 確かに、ヴェルデはとても美しく妖艶な見た目をしている。メイナードもかなりの器量よしだが、それに負けず劣らずの見た目。しかも百年も眠っていた人間を起こすことのできる魔術師なのだ。実力も相当なものなのだろう。人気があるのはうなずける。


「メイナード殿下については……そうですね、あなたを目覚めさせた褒美としてあなたをいただく、と提案すれば文句は言われないと思います」


 なんとも頭のきれる人だ。いつから考えていたのかわからないが、ここまで筋の通った話をされると反論の余地がない。ローラが唖然としてヴェルデを見つめていると、ヴェルデは畳みかけるように言葉を発する。


「メイナード殿下はあなたを側妃に、とおっしゃっていました。あなたが側妃になれば、残りの人生をこの国に縛り付けられることになるでしょう。好きでもない男の側妃となり、生きる意味のないこの国に一生縛り付けられるか、私と一緒に別な国に行き新しい人生を歩むか。どちらがよろしいですか?」


 ヴェルデは有無を言わさない笑顔でローラに告げる。それを聞いたローラは、少し考え込んで静かにため息をついた。この魔術師の言うことは自分にとってかなり魅力的な話だ。この話を蹴ってしまえば確実にメイナードの側妃となり、この国で一生を終わらせることになるだろう。


 メイナードが嫌なわけではない。ただ、この国にいることは正直言って耐えがたい。ここにいるだけで昔を思い出し、もう二度と会えない大切な人たちのことを思って胸が苦しくなるだろう。

 それに、正妃になるご令嬢のことを考えると、突然目を覚ました女が側妃になるなど意味が分からないだろう。もし正妃となるご令嬢がメイナードのことを本気で好いているのであれば、その人に嫌な気持ちをさせてしまうかもしれない。


 ローラはヴェルデの顔をジッと見つめる。ヴェルデはアクアマリンのような美しい瞳をローラに向けて優しく微笑んでいる。吸い込まれそうなその美しい瞳に、ローラはなぜか胸が高鳴った。


(な、なぜ胸が高鳴るのかしら、胸を高鳴らせている場合ではないのに)


 高鳴る胸を打ち消すかのように、ローラはコホン、と一つ咳をしてヴェルデに尋ねる。


「……あなたはそれで本当にいいのですか?時間が経ってから後悔してもどうしようもないのですよ」

「ええ、もちろんです。それに後悔などしません。これはあなたを目覚めさせた私のすべきことだと思っています。もちろん、義務感で言っているのではありませんよ、私は自分の意志で言っているのです」


 ヴェルデの芯のこもった言葉と表情に、嘘は見当たらない。ヴェルデの言葉に、ローラはついに意を決した。


「……わかりました。あなたの申し出をお受けします。こんな身ですが、あなたのお役に立てるように頑張りますので、よろしくお願いいたします」


 そう言って静かにお辞儀をするローラを見て、ヴェルデは両目を見開いてから心底嬉しそうに微笑んだ。その微笑みを見た瞬間、ローラの高鳴っていた心臓がさらに激しさを増す。


(この方の微笑みはとんでもない破壊力ね……!多くの女性が放っておかないのもうなずけるわ)


 ローラがヴェルデに思わず見惚れていると、ヴェルデが嬉しそうにローラの片手を取る。


「ありがとうございます。あなたのことはこれから私がどんなことがあっても守り抜きます。そして、幸せにしてみせますよ」


 そう言って、ローラの手の甲に優しくキスをする。


(な、な、な!?)


 突然のことにローラの顔が一気に赤くなる。そしてヴェルデはそんなローラの顔を見てまた嬉しそうに微笑んだ。






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