2人目の男
あたしの口から出る笑いは、誰が聞いてもバカにしてる笑いだって分かるくらいの乾いた笑い。
現にあたしはバカにしてるし、何言ってんだって思ってる。
突然目の前に現れた見ず知らずの男に、「力になれる」って言われて信じるほど、あたしはバカじゃない。
バカはバカだけど、そこまでじゃない。
新しい宗教の勧誘でも、もっと上手にするんじゃない?
何このストレートさ。
あたしを丸め込んでどうしようっての?
いくらミカゲがいい人そうでも、それはないっしょ。
それならいっそ、興味本位で聞いてますって言われた方がマシ。
そっちの方がまだ話してやろうかって気にはなる。
ってか、あたしを攫って来たくせに、力になるも何もないんじゃない?
監禁だか軟禁だかされてるあたしの力になるっつーんだったら、まずここから出してくれっつーの。
本当、ミカゲは矛盾してる。
「俺、何か可笑しいこと言った?」
笑い続けるあたしに、小首を傾げるミカゲの声。
その声に、あたしはピタリと笑いを止めた。
「あたし、攫われたんでしょ?」
「うん?」
「攫ったあたしの力になるってなに?」
最早、恐怖心なんかなかった。
さっきまで感じてた恐怖心はなくて、ただ目の前のミカゲをバカにする気持ちしかない。
もうどうなってもいい。
どうせ一度は眠ろうとしたんだし。
もうどうでもいい。
あたしの問い掛けに、ミカゲは「あー…」って小さく呟いて、床に煙草を落とす。
床に落とした煙草の火を靴底で消しながら、ミカゲはあたしを見つめた。
「攫ったって言っても、一旦連れて来ただけだし」
曖昧な笑みを浮かべ、ミカゲはそう口にする。
「一旦?」
あたしが疑問を口にすると、ミカゲはソファに横向きになりあたしに体を向けた。
「道に飛び出したのは覚える?」
変わらない柔らかい物腰のミカゲの言葉に、あたしは小さく頷く。
「最後の記憶はなに?」
「……車のライトと…黒日の丸」
あたしは最後に見たそれを視界の端で捕らえながらそう答えた。
「あぁ、オッケー」
ミカゲはそう言って、あたしに説明してくれた。
あの時、何があったのか。
あの後、どうなったのか。
道に飛び出したあたしを、バイクが避けたのまでは良かったけど、その後ろにいた車があたしを轢きそうになったらしい。
でもそれは、ギリギリほんの数センチ手前で奇跡的に止まったらしいんだけど……あたしは気絶してその場に倒れたらしい。
本当は轢いてないんだけど、ただあたしが勝手に気絶しただけなんだけど、その場にいたギャラリーがあたしが轢かれたと思って大騒ぎし始めて、仕方なくあたしを車に乗せたらしい。
「警察来たらヤバいし、俺ら捕まる訳にいかないから」
ミカゲはそう言って、ちょっとだけ申し訳なさそうに笑った。
ミカゲの言った話が本当なら、あたしが頭が痛かったり、体が痛いのは、気絶した時の衝撃の所為?
ってか気絶って!!
女って最後の最後まで気を失わないって聞いたのに、それは嘘だったの!?
…まぁ、それはいい。
それは後で考えればいい。
今は、この状況の事。
ミカゲの話だと、あたしは攫われたんじゃなくて助けられて、監禁でも軟禁でもなく、ただここに寝かされてただけで…
「…あたし、帰らせてもらえるの?」
喜びとも安心とも取れる言葉を口にしたあたしに、
「ちゃんと帰すよ?さっきの質問に答えてくれれば」
ミカゲは微笑みながら悪魔のような言葉を口にする。
彼氏いない歴17年。
誰とも付き合った事がなければ、特に男友達もいない。
そんなあたしは初めて分かった。
17年生きて来て、初めて気付いた。
しつこい男はウザいぜ、実際!!
男はもっとこう…竹を割ったような性格じゃなきゃダメ!!
すっぱりと!!
あっさりと!!
ネチネチネチネチめんどくせー!!
絶対ミカゲは女に嫌われるタイプだ!!
顔はそこそこいいけど、中身はダメだ!!
中身は全然ダメだ!!
「答えてくれるまで帰すつもりない」
この男、マジでダメだーー!!
思わず盛大な溜息を吐き出してしまったあたしを、ミカゲはジッと見つめる。
何も言わず、ただあたしの言葉を待つように、ミカゲはあたしから目を離さない。
どうしてそんなに、眠ろうとした理由が気になる?
どうしてこんなに、見ず知らずの人間事情を知りたがる?
本当、この男…
「ミカゲは、なんでそんなに理由が知りたいの?」
「運命感じたから」
超頭悪い!!!
運命ってなによ!!
何の運命よ!!
どういう意味よ!!
もしかして告白!?
あたし、告白されてんの!?
あたしに一目惚れしちゃったとか!?
……ふっ。
それはないな。
いくらなんでも、それはない。
あたしだって自分の容姿くらい分かってる。
一目惚れされるタイプじゃないって事くらい分かってる。
自分で言ってて虚しくなるけどさ…。
「…運命って何に?」
脱力感と言うか、無力感と言うか、そういう何かに苛まれながら、あたしが問い掛けた質問に、ミカゲはとっても優しい笑みを浮かべる。
「全部だよ、全部」
「…全部って?」
「アヤカちゃんが女の子だって事も、俺が乗ってる車に轢かれようとした事も、今日だって事も、全部に運命感じる」
……バカだ。
としか言いようがない。
あたしの目の前にいる初対面のこの男は、何を熱く"運命"について語ってるんだろう。
訳の分からない事に運命感じられても困る。
だってあたしはミカゲに対して何の運命も感じない。
これっぽっちも感じない。
この男、いい人だと思ってたけど、実はとんでもなく危ない人なんじゃないだろうか…。
「アヤカちゃん」
そう言って、あたしの手を握り締めたミカゲに、あたしは思わず警戒してしまう。
今の今までミカゲに対して持ってなかった恐怖心が、突然湧き上がる。
「な、なんですか」
「俺に話して?絶対に力に――…」
グイグイとあたしに迫るように顔を近付けるミカゲの言葉を途中で遮ったのは、バタンという大きな音と、
「おい、カゲ」
低い男の声。
突然の想定外の音に驚き、視線を向けようとするあたしに、
「ここでヤんな」
更に低い声が届く。
声に追い付こうとあたしが視線を動かすと、あたしの隣にいたミカゲがあたしの手を離して立ち上がる。
「そんなんじゃない」
少しだけ笑ってそう答えるミカゲの声を背後で聞きながら、部屋の扉の方へ視線を移したあたしは、その動きを止めた。
これは…なんと言えばいいんだろうか…。
あたしの今の状況は…どう言えばいいんだろうか…。
ポカン?
唖然?
呆然?
視界に捕らえた"もの"に、完全に動きも思考も止められたあたしは、身動き一つ出来ず、ただただそれを眺めるばかりで。
「話してただけだよ」
そう言いながら、あたしの前に立つミカゲと。
「気が付いたんなら、さっさと放り出せ」
ダルそうにあたしの方に歩いて来る"それ"。
「まだダメ。話聞いてる途中だから」
「他所でしろ」
「ケチケチすんなよ」
「居座られちゃ迷惑だ」
「もうすぐ終わるって」
あたしがジッと目で追う"それ"は、「ちっ」と短い舌打ちをしてあたしの目の前にある黒いソファに腰を下ろす。
偉そうに、足を大きく広げて、この部屋で一番座り心地の良さそうな黒ソファに座る"それ"は、ソファの横に置いてある小さな冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
一度もあたしの方を見ない"それ"。
この部屋に入って来てから、一度もあたしの方を見ようとしない"それ"。
缶ビールの蓋を開け、喉に流し込もうとする"それ"は……ミカゲにそっくりな男。
双子じゃないのは分かる。
顔は違う。
でも、髪型も背格好も…外見が同じ2人目の男。
何が始まったの?
仮装大会?
みんなで同じ格好すんのが流行ってんの?
2人の外見が同じな事に言葉も出せず、まるで狐に抓まれたような気持ちになるあたしは、また高速の瞬きを始める。
ジッと見てちゃダメだって分かってる。
そういうのは失礼なんだって分かってる。
でも、あたしは目にした"それ"から目を離せず、ジーッと見つめたまま、口は半開きで涎が垂れる寸前。
それでも口を閉じる事も忘れて、見つめてしまう。
「…何見てんだよ」
缶ビールを口から離し、初めて"それ"があたしに視線を向ける。
二重のつり上がった、茶色い瞳。
その瞳に睨まれて、あたしの体は硬直する。
「あー…ダメダメ。女の子にそういう言い方しちゃダメ」
あたしと"それ"の間にミカゲが入り、"それ"の睨みを遮断する。
その瞬間、あたしはホッとしたと同時に、背筋に冷たい物を感じた。
なんだろう、あの威圧感。
ちょっと睨まれただけなのに、全身が固まった。
今まで感じた事がない緊張感が体を駆け巡る。
血の気が引くって言うよりも、全身の血が沸騰したみたいな感覚…。
「女の子にはもっと優しくしないとダメ」
「……」
「そんなんだから女の子が寄って来ないんだよ」
「……」
「リュウキはもっと女の子に優しくしなくちゃね」
「……」
…リュウキ?
どこかで聞いた事がある名前…。
どこで聞いたっけ?
とっても記憶にある名前なんだけど…。
「…俺の特攻服どこだ」
待って…。
「そこにあるよ。畳んで置いてる」
ちょっと…待って…。
「……」
それって…。
「"ありがとう"って言っていいよ?九代目」
…ぐほっ。
あたしの目の前に現れた2人目の男は、"野獣"九代目。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。