理由


「さて、と」


 呆然とするあたしの耳に、ミカゲのそう言った言葉が届き、それと同時に"リュウキ"の方を見ていたミカゲがあたしに振り返る。



 穏やかに笑ってあたしの目の前にまたしゃがみ込むミカゲと、その後ろで無表情のまま缶ビールを飲むリュウキ。



 パッと見同じ姿の2人は、持ってる雰囲気が全く違う。



 ミカゲと違って、リュウキはなんだかとっても近寄りがたい。



 整いすぎた顔の所為かもしれない。



 つり上がった目の所為かもしれない。



 何故か無表情の所為かもしれない。



 理由は何にせよ、関わりたくない人種のNO1なのは確かで、絶対に関わらないでおこうって強く心に誓ってみるあたし。



「アヤカちゃん、話してくれる?」


 あたしの顔を覗き込むミカゲは、ニコニコしてる。



 …って、話したくない内容を、更に増えた人の前で?



「あぁ、あれは気にしなくていいから」


 あたしの思考が分かったのか、ミカゲは後ろに座るリュウキを指差しそう口にする。



 "あれ"。



 九代目なんじゃないの?



 リュウキって一番偉いんじゃないの?



 それをそんな言い方をしちゃうミカゲは何者?



「ね?話して?」


 どこまでも穏やかな口調のミカゲ。



 でも言わなきゃ帰さないってあたしを脅すミカゲ。



「……」


 黙り込むあたしの所為で、部屋の中は静まり返る。



 時折聞えて来るゴクンって音は、リュウキが缶ビールを飲み込む音。



 沈黙は好きじゃない。



 静かなのは好きじゃない。



 でも……それでもいいか、って思うくらいあたしは疲れた。



「何に疲れたの?」


 聞いて来るミカゲに、あたしは視線を向ける。



「…言ったら、本当に帰してくれる?」


 覚悟を決めたあたしに、



「約束する」


 優しくミカゲは微笑む。



 バカにするならすればいい。



 笑いたいなら笑えばいい。



 理解出来ないならしなきゃいい。



 こんな事でって思うなら思えばいい。



 何言われても。



 何思われても。



 あたしはあたしなりに、この脳みそで考えた。



「……合わせるのに、疲れた」


 静かな部屋にあたしの声。



 自分の意思とは逆に、あたしの視線は下に落ちる。



 どう思われても、どんな態度されてもいいって思ってるけど、それを受け止められる自信がないあたしは、煙草で焼け焦げた跡だらけの床を見つめる。



「ん?なに?」


 床を見つめるあたしに、ミカゲがキョトンと問い掛ける。



 でもそれは、聞えなかったんじゃなくて、言った意味が分からなかったんだ、ってすぐ分かる。



 人には理解出来ない事。



 そんなの言う前から分かってる。



 誰にも理解出来ないって。



 出来る訳ないって。



「合わせるって、何に?」


 そう聞いて来るミカゲは、あたしが今から言う言葉を聞いてどんな顔をするだろう。



 複雑な顔?



 呆れた顔?



 ポカンとした顔?



 どんな顔をするのか、あたしにはそれを見る根性はないけど。



「…友達に」


 あたしは答えを口にする。



 あたしの言葉が部屋に沈黙を引き起こす。



 咳払い一つないその空間に、また缶ビールを飲み込む音。



 自棄に耳に付くその音に、床を見つめていた視線だけを、その音を鳴らす本人に向けてみると、リュウキは一切あたしの方なんか見ずに、あたしなんかここにいないって態度で、缶ビールを傾け喉に流し込む。



 なんだろう、この感じ。



 多分、リュウキだってあたしが眠ろうとしてたのは知ってるはず。



 ここに連れて来てる時点で、そう気付いてるはず。



 気付いてなかったとしても、ミカゲに何かを聞いてるはず。



 何も聞いてなかったとしても、あたしが道に飛び出したのを可笑しいくらいには思ってるはず。



 そんなあたしが、こんな話をしてるのに、リュウキは全く興味がないって態度。



 むしろ、あたしの話なんか聞えてないって態度。



 それがちょっと……イラッ。



 リュウキを視線で捕らえてたあたしに、



「んー…っと、友達と合わせるのが疲れたの?」


 ミカゲが問い掛け、沈黙を破る。



 慌てて、反射的にミカゲに視線を向けると、……ミカゲはさっきまでと変わらない、穏やかな表情であたしを見てた。



 目が合ったミカゲは、「ん?」って目で聞いて来る。



 その態度は、何だかとっても柔らかくて。



「…うん。疲れた」


 あたしは素直にそう口にした。



「どういうとこが?」


「笑ったり、遊んだり」


「ふむ」


「楽しくない」


「一緒にいるのが?」


 ミカゲのその質問に、やっぱり理解出来ないか、って思う。



 "友達"だけど、疲れる。



 そんな感覚あたしだけなのかもしれない。



 でも、本当に"友達"なのか分からない。



 分からないから悩む。



 あたしが楽しいって思わない事で笑ったり。



 あたしがやりたくないって事で遊んだり。



 でも"友達"だから合わせる。



 周りがそうしたいなら、それに合わせる。



 それに疲れた。



 他の人ってどうなんだろう。



 みんな自分がやりたい事や楽しいって思う事と、友達が感じてる事は同じ事なんだろうか。



 もしそうだったら、あたしはみんなと感覚が違うのかもしれない。



 それでもあたし、頑張った。



 感覚がズレてんのかもしれないけど、あたしなりにずっとずっとみんなに合わせて来た。



「それって、友達をやめるってのじゃダメなの?」


 尤もらしい意見を、ミカゲは言う。



 でもそれは、正論だけど、正論じゃない。



 実際、あたしの立場にならなきゃ分からない。



 こんな、時代錯誤の事をやってて、自分の好き放題やってる人種のミカゲには、分かる訳がない。



「あたしは――…」


「そういうの"友達"って言わねぇんだよ。"お飾り"って言うんだ」


 あたしの言葉を遮る、低い声。



 誰が言ったのか、すぐに分かる低い声。



 バカにしたように。



 せせら笑うように。



 呟かれる低い声。



 はぁぁん!?



 一瞬、そう言ってしまいそうになったのを、あたしは間一髪で飲み込んだ。



 相手が相手。



 いくらなんでも、ここでそんな暴言を吐いちゃ、確実に半殺しDEATH。



 でも、やっぱりどうしても、偉そうな態度とバカにした口調が腹立つから、ひっそりとバレないようにリュウキを睨み付けたあたしと。



「リュウキ、口挟むな」


 さっきまでとは違って、キツい口調をするミカゲ。



 ミカゲのその変貌は、あたしの怒りを冷まし、あたしをポカンとさせる。



 リュウキはフンッと鼻を鳴らして、ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。



「あれは気にしないでね」


 あたしに話し掛けるミカゲは、穏やか。



 さっきのは聞き間違い?



 そう思ったりもするけど、絶対にそんな事はなくて…。



 …あなたは何者DIE?



「続き話して。"あたしは"何?」


 あたしの目の前にしゃがみ込むミカゲは、あたしの対面のソファに座るリュウキよりもヤバいんじゃないかって不安になりながらも、そのミカゲの顔はとっても優しくて、その声はとても柔らかい。



 なんでこうまでしてあたしの話が聞きたいのか分からないし、何をどうして運命なんて感じちゃったのかも分からないけど、



「…あたしは、イジメられたい訳じゃない」


 あたしは、ミカゲに誘導されながら理由を話す。



 あたしが言った言葉に、ミカゲは一瞬眉間にシワを寄せて、



「イジメ?」


 小さな声で聞き返す。



 やっぱりミカゲは分かってなかった。



 それは女特有のものだから?



 それとも、あたしの周りだけがそうなの?



 集団生活の中にある"それ"は、目に見えない恐怖。



 あたしにとっては、最上の恐怖。



「友達やめたら、イジメられる。仲間はずれになるのが嫌だから合わせてたんだもん」


「あぁ、うん。そうか」


「そんな目に合うくらいなら、眠った方がマシ。だってどうせ結果はそうなるじゃん」


 あたしの"眠る"って言葉に、ミカゲは「ん?」って顔をしたけど、すぐに意味が分かったらしく、特にそれに関して聞いては来なかった。



 ミカゲは、あたしの言葉を聞いて黙り込んで。



 あたしも、もうこれ以上は言う事がないから、黙り込んで。



 リュウキが冷蔵庫を開ける音が聞える。



 また缶ビールを取り出したらしいリュウキは、その蓋を開ける音を部屋に響かせる。



 静かな部屋。



 あたしが嫌いな沈黙。



 それでも、一人になる事を嫌だとは思わなかった。



 合わせる事に疲れたあたしは、学校で一人になってもいいやって思った。



 でも、イジメられたくはない。



 訳の分からない因縁をつけられたくもないし、意味も無く無視をされたくもないし、小声で悪口を言われたくもない。



 だから結局、眠る事を選んだ。



 本当に楽になるにはこれしかないって思った。



 絶対に誰にもあたしの気持ちなんて理解出来ない。



「分かった」


 ミカゲがそう言ったのは、5分はたっぷりと沈黙を作ってからだった。



 突然声を出したミカゲに驚き視線を向けたのは、あたしだけじゃなく、あたしの対面に座るリュウキもだった。



 なにが?



 そう聞こうとしたあたしに、



「俺に任せて。力になるよ、約束通り」


 ミカゲはにっこり……楽しそうにも思える笑みを浮かべる。



「は?」


 ミカゲの言動の意味が分からず、聞き返すあたしの目の前でミカゲは立ち上がり、



「家まで送るね」


 あたしの言葉を無視して、ミカゲはそう言った。



 立ち上がったミカゲを見上げるあたしの視界の端に、リュウキが映る。



 端にあるリュウキの顔はちゃんと見えないけど、その顔が険しい顔に変わったのには気付いた。



「おい」


 低く冷たく掛けられるリュウキの声。



「アヤカちゃん、送るから行こう」


 そのリュウキの声を無視してあたしに笑顔を向けるミカゲ。



 ミカゲはあたしの腕を掴み、あたしを半分無理矢理立ち上がらせる。



 その間も、あたしの視界の端にはリュウキが居て、その瞳が、ミカゲを睨んでる。



「待て、カゲ」


 あたしを連れて歩き出したミカゲに、再び威圧的なリュウキの声が掛かり、今度ばかりはミカゲもその足を止めリュウキに振り返った。

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