第15話

『で、生活保護の解除は?』

『一緒に市役所に行って手続きしたよ。ケアマネさん、前例がないってぽかんとしてたけどね』


 日本時間では日付が変わる頃だが、時差でアイルランドは昼間だ。

 今日は大学院の仲間とオンライン会議アプリで話していた。


『制度上、6カ月は見守り期間らしくて、一人で生きられなくなったら生活保護に戻れるからって案内があったよ。

 俺は絶対離さないけどね』

『ミノリさんにお前が振られる可能性があるだろ』

『そうなっても、実ノ里が生きられるようにちゃんと慰謝料も環境も整えるよ!』

 見損なうな! とゲール語で言う。


 今やEUで唯一英語を使うアイルランドだが、英語が通じるのはイングランドの植民地だったという苦難の歴史があってのことであり、第一公用語はあくまでゲール語(アイルランド語)だ。

 もっとも、ゲール語はイングランドの植民地だった頃に廃れたものでもあり、現在復興中の言語である。第二公用語の英語を話す人口の方が多いのが現状だ。


 彼らの間では、教授の意向のもと、基本的にゲール語で進行するようにされている。


『ミノリさん、今度こっちに連れて来いよ! ビックリするぞ! お前ら家族の写真がそこら中に貼ってある!』


 アイルランドでは少し前までは、アメリカでカトリックのアイリッシュ初の大統領になったケネディ氏の写真がそこら中に貼られていたのだが、【アイルランドの小さな会社が世界を席巻した】とJ&J創設者のマーク・S・オブライアンやその経営を支えている家族の写真が多く貼られるようになったのだ。

 クローブはまだ社会に出ていないということであまり貼られていなかったのだが、今回見習いとはいえ正式に命を帯びて日本に行ったことでアイルランドデビューとなり、珍しさも手伝って写真が他の兄弟より多く貼り出されている。


『それがね……主治医から海外渡航禁止されてるんだ。

 何かあった時に命にかかわる、って。


 実際、実ノ里の病気を知っている人が居ないと、ね』


『だったら、専属の医者つけて引き継げばいいだろ?』

 お前なら容易いだろ? と友人は言う。

『実ノ里が打ち解けられないんだ。知らない先生は怖いんだって』


 実際、心無い言葉で実ノ里を追い詰めた精神科医が複数いたらしい。今の主治医は実ノ里が生きてきた中で一番の先生らしく、他の精神科医には警戒気味だ。

 肝臓や高血圧など、身体の方の医者にはこだわりがないようだが。


『お前にも打ち解けてないし、な?』

『言うなって!』


『はい、恋バナそこまで! 再開するわよ!』

 気が付けば、教授や他の院生が戻ってきていた。


 次々とそれぞれの画面に見知った顔が並ぶ中、クローブの関心ごとは実ノ里ばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る