4,【初めて】

第14話

4,【初めて】



「もう一度、自己紹介するね。

 俺はクローブ・オブライアンです。


 父親はアイルランド人、母親は日本人で今はアイルランドと日本の二重国籍。日本には、父が作った会社を手伝うために来ました。


 スカートは特に意味はないよ。俺が好きで履いてるだけ。

 今度、リンクコーデしようね」


 言って差し出された右手を、実ノ里は今度は握り返した。


「やった。初めて握手できた」

 場所は屋敷の中庭だ。日陰のベンチで並んで座って話している。

 足元にはシロツメクサがびっしりと生えている。


 前回は、実ノ里を何も言わずあの部屋に連れて行き、ここが君の部屋だよと言った途端に塞いでしまった。

 だからクローブは、自分のことを何一つ実ノ里に伝えていない。


「まずは親の手伝いっていう内容だけど……クロ電話のJ&Jの将来の日本CEOとして、今は日本支社長と現日本CEOに色々習っています」

「……え……!」


 あのクロ電話のJ&Jだろうか。いや、他に同じ名称はない。


 クローブは足元のシロツメクサの葉を一枚摘むと実ノ里に渡し、

「そう、クローバーフォンのジェフリー&ジェファスンの創業者マーク・S・オブライアンの末子です。よろしくね」

 実ノ里は渡されたクローバーを呆然と見詰める。


 ジェフリー&ジェファスン――初めてスマートフォンを作ったアメリカの会社だ。今は競合他社も多いが、世界的にシェアが高く日本でも人気のメーカーである。そういえば、アイルランドの小さな会社が元だったと聞いたことがある。


 J&Jのスマートフォン――クローバーフォンには日本では四つ葉のマークがあり、クローバーフォン→クローバー電話→黒電話とかけてクロ電話の愛称で親しまれている。


 無論スマートフォンのみが商品ではなく、パソコンをはじめとするIT系はほとんど網羅しているし、最近は食品業界や玩具業界にも手を伸ばしている。大都市にはJ&J系列のスーパーマーケットまである始末だ。


 ピンと来なさ過ぎて呆然としている実ノ里に、クローブは自己紹介を続ける。


「大学は飛び級を駆使して2つ卒業しました。今は院生もやっています。

 あと、看護師の勉強をしたのも嘘じゃないよ。行く場所によっては兵役から逃げられない場所もあったから、その可能性を考えて安全策で衛生兵になれるように訓練したんだ。まだ試験受けてないけど」

 まあ、日本は兵役ないけどね、とニコッと笑う。


「日本に来たけど、コロナの影響でどこもオンライン可能だから、だったら好きな場所で過ごそうと思って別府に来ました。日本一の湧出量! 温泉いいよね! アイルランドには火山がないから温泉ないんだよ」


「……火山があるから噴火するし、地震もありますが……」

「別府で火山が今ドカンとする可能性は低いからいいの!

 あ、ここ、シェルター作ってるよ。入ってみる?」

「……使わないのが一番です……」

「そうだね。緊急設備は出番ないのが一番だね。


 って、念のために作ってた救急病院施設が役に立っちゃったけど」


 その一言で、呆然としていた実ノ里が、あ!という顔になる。


「本当に救急病院として登録してあるんだよ。本当だよ?」

 また足元のシロツメクサを摘んで実ノ里に押し付けながら、言い訳がましく言うクローブ。


「……病院がついてるなら、なんで他の病院に居たんですか?」

 最初に真珠の話をしたのは、医院の待合室だった。個人的な規模の医院で、救急指定されるような大病院ではない。

「あ……あれは……


 実は……


 車に乗ってる時に、バス停から降りて病院に入る君を見て一目惚れして……口説くためだけに胃が痛いって嘘言って……」


 実ノ里が大きく溜息をつく。


「実ノ里! 黙らないで! 何か言って!」

「………………最低です」

「わーん!」


「……じゃあ、真珠も興味なかったんですか?」

「あ、あれは……左の薬指についてたから、邪魔者が居るのかもと……」


 しどろもどろなクローブに実ノ里はもう一度嘆息し、

「私、もう41ですよ……」

「気にしません! ていうか、見えません!」


 西洋人から見て東洋人は幼く見えると言うが、日本人から見ても実ノ里は童顔で間違いなかった。加えて、病院と最低限の買い出し以外で外出していなかったため、肌も白く、細すぎる体形と相まって「羨ましい」と言う人間も多い。


 逆に西洋人らしい彫の深い顔立ちのクローブは、実年齢より上に見える。


「とにかく、実ノ里はもっと食べて肉をつけてください! 細いと抵抗力も弱くて病気に負けちゃうし!


 入院中の倍、三倍食べてください!」


「あれ以上食べると戻します。食べ過ぎで……」

「じゃあ、とりあえず少量で一日五食から始めよう! 胃が大きくなったら量増やすから!」

「…………」


「……悪いお父さんもお母さんもお兄さんも、決して実ノ里に手を出させない」

 実ノ里の手を握り、クローブは誓うように言う。

「だから、安心して?」


「……でも……お金持ちに引き取られたって聞かれたら……」


「じゃあ、これからすぐに弁護士に縁切り手続きさせるから! 実ノ里が望むなら復讐だってしてあげる!」

「……もう一切関わりたくないから、復讐はしなくていいです」

「わかった! 縁切りだけしよう!

 それに今度、縁切り神社連れて行くよ!!」


 その一言に、実ノ里の目が丸くなる。


「……キリシタンなのに、神社に?」

「あ、うちの教派、他人の信仰を否定しないっていう面もあって……だから、実ノ里が神社に行きたいと思ったら連れて行くし、お守り貰おうが御朱印いただこうが俺は何も言わないよ。


 なんなら、来年初詣に一緒に行こうか? 実ノ里は振袖着てよ! ……まだ俺と結婚してなかったら、だけど」


 くすっと、実ノ里が吹きだす。

「結婚、本気なんですか?」

「最初からそう言ってます!!」


 またクローブは足元のシロツメクサを摘んで実ノ里の掌に乗せる。

 実ノ里がそのクローバーを押し返すことはなかった。

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