第20話

「……暇」


 また、リュシオスの執務室。リリアはただ、彼が書類を処理しているのを見ていた。リュシオスの仕事は政治であるし、手伝おうにも手伝えない。


 リュシオスは、彼女の方に羊皮紙と予備の羽根ペンを寄越すと、

「家族に手紙でも書いたらどうだ? この頃書いてないだろう」

 顔を上げずに言う。


「よくご存知ですこと」

 言って、ペンを取るが、書こうとすると迷う。


 王都にいた頃は、手紙を書いていない。リュシオスの落ち込んだ様子など書きたくもなかったからだ。リュシオスが王位継承者だったことも書いてない。ただ、彼女を誘拐した無茶苦茶な貴族らしき男としか知らせていない。


 リュシオスの領地がここということは、この前書いた。傲慢さが増したと書けば、今までの経過を知らない家族には、リュシオスは更にわけがわからなくなるだろう。


 書くのをやめた。


「……ねぇ」

 羽根ペンを置いて、彼の作業を眺めながら、


「そういえば、あたしはもう勉強しなくていいの?」

「あれは忘れろ。もう親父たちの流儀に合わせなくていい」

 言いながら、彼は羽根ペンを置いて本棚の方へ行った。


「お前には大したことは求めない。そんなに暇ならこれでも見ていろ」

 リュシオスが持ってきたのは、表紙に手書きで数字の書かれた本。開くと、手書きの文字が並んでいた。


 ……リュシオスの字だ。


 どうやら、リュシオスが統治の心得をまとめたものらしかった。リュシオスの言葉で、書いてある。


「……リリア」

 読んでいると、顔を上げずにリュシオスが言う。


「お前がして欲しいこと、して欲しくないことは言え。俺はお前に遠慮しない。欲しいままに生きる。……だが、お前の望みは分からないからな」


「……だったら、一人の時間とか設けてくれませんかね?」

「駄目だ」

 リリアが嫌味たっぷりに言うと、やはり間髪入れずにきっぱりと、

「お前を放したくない。他のことにしろ」


「だったら聞かなくても同じじゃない」

 リュシオスの手が止まった。

「あたしに遠慮しないんだったら、好きにすれば? 好きなようにすればいいじゃない。

 襲いたきゃ襲えば?」


 がたん。

 リュシオスが立った。

 立ち上がって、リリアの肩を掴むと、


「いいんだな?」

 彼女を見据え、襟元をはだけさせながら言う。

 見たこともない目。……怒ってるのだろうか? リュシオスのタイが、滑り落ちる。


 リリアは返事をする間もなく床に押し倒された。リュシオスの本が、落ちた。


 唇を唇でふさぎ、上着のボタンを外し、手を中に入れてまさぐってくる。


「ちょ……やめ……」


 リリアがやっと言うと、リュシオスは、手を止め、唇を離し、彼女をただ組み伏せた。

 そのまま、その顔を見つめる。


 リュシオスの目を見て、リリアは戸惑う。

 そして、リリアを解放して立たせると、彼女の服のボタンを留め直し本を拾い、また席に戻って書類に向かい合った。


 何も言わない。


 時間が来るまで、ただ沈黙だけが流れた。彼女の目を見ない。

 ――傷つけちゃった……かな……。

 床に落ちていたリュシオスのタイを、彼女は拾った。


 ――見上げたリュシオスのあの目は……今にも泣き出しそうだった。



◆◇◆◇◆

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