第18話

「リュシー」

 翌日の午前中。リュシオスの執務室。


 簡素な部屋で、机と棚以外に大して家具もない。リリアは、彼が机の向かい側に置いた座り心地の良い椅子に座っていた。


「リュシーってば。聞いてる?」

 黙って羊皮紙に羽根ペンを走らせるリュシオス。顔も上げない。

「…………リュシオス」

 ぴたり。彼の手が止まった。

 顔は動かさず、目だけを動かす。


 ――見ている。かなり。


「……悪かった。リュシー」

 言い直すと、また視線を戻して手を動かし始める。暫く一方的に話しかけるが、彼は何も言わない。


「……ねぇ、リュシー。

 このごろ、うるさい黙れって言わないね」

「ああ」

 以前なら、ここまで側で喋れば言われていただろう。


「いつから言ってないかな……」


「最後に言ったのはいつか、覚えていないが……」

 インクの乾いていない羊皮紙を脇に除けながら、リュシオスは言った。

「親父のところを出てからは言っていない」


 と、次の羊皮紙を広げたまま、動かない。顔を上げてまっすぐこちらを見ている。

「リュシー?」

 動かない。ただじっとこちらを見ている。

「どうしたの?」


 沈黙。

 ただ、アイスブルーの双眸で彼女を見ていたが、おもむろに動く。

 席から立ってつかつかと側に来ると、リリアの肩を抑えて顔を寄せ――迷うことなく唇を重ねる。

 そして、何事もなかったかのように机に戻ると、また羽根ペンを走らせ始めた。


「……な、なに?」

「別に」


 王都以来、接吻されたことはなかったのだが。彼はそういう素振りを見せなかったし、彼女が素振りを見せると、決まって必要ない、しなくていいと言っていた。


 しかも……今までとは違っていた。何と言うか、王都では縋るようにしてきたのに、先程のは寧ろ傲慢さがあった。


「……どういう変化なの?」

「落ち着いたら話す」

 それっきり、彼は何も言わなかった。



◆◇◆◇◆

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