第17話
――いい領主なのだろう。それが、リリアが抱いた感想だった。
良い統治をしているようであるし、城下の人々には好かれ、今回のように小さな事故でも目の届くところなら駆けつける。
遮眼帯が外れ馬車の馬がパニックを起こし、暴走したらしい。軽症が二人、馬の被害と折れた標識ぐらいで重大事故には至らなかった。馬車の御者と少し話し、後は役人に任せると、今は澄ました顔で城への帰路についている。
二人並んで歩きながら、リリアはリュシオスを見た。二人とも、王都に居た頃のような畏まった服装ではない。彼は初めて会ったときのような――まあ、旅用ではないが――服装で、彼女も高くはあるがありがちな格好だ。
「……どうした?」
その、冷たいアイスブルーの瞳に彼女を映し、訊いてくる。彼女が数歩遅れたからだろう。
「……別に」
彼女が追いつくと、何事も無い無表情でまた歩き出す。その横顔を見ながら、リリアは胸中で嘆息した。
王都を出てから、彼は見る間に元に戻っていった。泣く事も、哀しげな表情を見せることもなくなり、初めて会った頃の様に横暴で我侭になっていった。
それはいいのだ。彼女とて、いつまでもふさぎ込んでいて欲しくはない。しかし、王都で見せた笑顔まで消えてしまった。
疲れた微笑だった。それが良くなったという事は、少なくとも普通の笑顔を期待していいだろう。そう思う。だが、笑顔そのものを掻き消して無表情に戻ってしまった。王都に居た頃の方が、表情豊かだったと言えなくもない。
……まあ、また彼が辛い思いをしたり、苦しみを背負うよりはましなのだが。
「風呂に入りなおせ」
「いいわよ。別に」
城の居室に戻るなりそんな会話を交わすと、リリアはベッドに座った。彼が浴室に入るのを待って、寝間着に着替える。
横になっていると、明かりが落ちた。リュシオスがベッドに入るところだった。
「……おやすみ」
言って、あっさりと目を閉じる。王都を出て落ち着いてから、ずっとこうである。彼女を呼ぶことも、抱き締めることもない。
「……ねぇ、リュシー……」
彼女が声をかけると、彼は目を開けた。
そっと、包み込むように頬に手を当てると、彼はそれを振り払い、
「いい。必要ない」
言って、目を閉じ、
「居てくれるだけでいい」
寝息のような呼吸音を立て始めた。
――なんとなく、面白くない。
彼女はリュシオスに背中を向けて横になっていたが、目が冴えていた。暫くしてベッドを抜け出し、部屋からも抜け出す。
バルコニーで夜風に当たった。見下ろす湖面に、月の光が映り輝いている。
静かに時間が過ぎる。だが、いきなり後ろから肩を掴まれた。
「……リリア……」
手に込められた力が強い。半ば乱暴に彼女を抱き寄せ、目の前に顔を持ってくると、
「俺の目の届かない所へ、行くな」
一言一言の息遣いが分かるほど間近で、彼女の黒い双眸を真直ぐに見据えながら言う。
強い意志を宿した瞳。
「……リュシー?」
「返事」
「……え?」
「返事をしろ」
「わ、分かった」
それを聞くなり、彼女の目から視線を外し、手を引っ張って部屋に戻る。
「寝ろ」
先程のように横になったが、すぐには目を閉じない。彼女が眠るのを待っていた。
結局、少なくともリリアが眠るまで、リュシオスは眠らなかった。
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