第40話

「スクーヴァル? スクーヴァル!!」

 ティラムの手を振り解き、彼は、血にまみれた彼女の身体を抱いていた。

「スクーヴァルッ!!」


「……ケイ……ディ……ス……?」

「スクーヴァル!」


 リガスは、近寄り、見下ろす。

 ――顔を、背けたかった。明白だ。


 無言で、ケイディスに何かを押し付ける。

 ――耳飾だ。ただし、婚礼用の。


 普通のピアスやイヤリングと違うのは、それが一度つけたら一生外れないということ。女性の婚姻の証。生涯を象徴するもの。


 彼女の髪と目を映した様な、セピアの石。

「――……!」

 意味を悟り、ケイディスは、彼女にそれをつけた。


 彼女の血にまみれた手で。震える手で。


「……あい……し……て…… ……

 ……ケ…… ……  ……ス……


 …………――――」


 彼女の、彼の顔に向けていた手が、落ちる。


 慌てて掴むが、既に。力は無かった。


「……………………――!!


 ――スクーヴァルーーー!!」


 叫びが、響く。

 ただ、響く。


 真っ黒な氷王神殿。その冷気に苛まれながら、リガスはシスラクトを睨みつけた。

 そうすることしか、できなかった。


 やがて――気づく。


 叫び声が、すすり泣きに変わっていることに、


 振り返れば、そこには、一人しか居なかった。


 末端が瑠璃色のプラチナブロンドの髪。血に染まった、淡い青のローブとマント。涙を流し続ける、マラカイトの双眸。


 セピアの石が使われた、血にまみれた耳飾を握り締め、泣いていた。


「……氷王……ムィアイーグ……」

 記憶を頼りに、彼はそう呟いた。



◆◇◆◇◆

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