第2章 ――氷王神殿――

第11話

第2章 ――氷王神殿――


「……アルシオ……?」

 ある日。彼女は目を止めた。


 ロスオイトの王宮の自室。窓から下を見下ろして。

「アルシオ?」

 聞こえるように大きな声で呼ぶと、彼女は反応した。そのまま、辺りを警戒しながら転移してくる。


「スクーヴァル、元気?」

「何やってたの?」


 取り繕ったような笑顔で言うアルシオに、もっともな疑問をぶつけるスクーヴァル。彼女は、気配を絶って中庭でコソコソと隠れていたのだ。


「えへへ……」

 と、そこで、きょろきょろと辺りを見渡して、

「ちょうどいいわ。匿って」

 笑顔で言ってくる。


「……え? 何? 何があったの?」

「いいから。多分ここならバレないわ。まだ足がついてない場所だから」


「……えっと……」

 困ったように呟いて、スクーヴァルは思い出した。


「もしかして……逃げてきた?」

 ジト目で、問う。


 確か、リガスは彼女が「エスケープする」と言っていた。彼女は護王教団の大神官だ。その意味は考えるまでも無い。


「……えへへ……いいじゃない。神官長もいるし」


 少し頭痛を感じてから、スクーヴァルは部屋から出た。アルシオの腕を引っ張って。


「ちょっと、スクーヴァル! 見逃して!」

「ダメ!」

 言いつつ、近くに兵士を見つけ、声をかける。……すぐにリガスがやって来た。


「リガスお兄ちゃん……忙しいでしょ?」

 心配そうに問うと、沈痛な面持ちで、


「アルシオもよく仕事を増やしてくれるんですよ。日常茶飯事です」

 言い、アルシオを掴んで転移する。暫くして、戻ってきた。一人で。


「これで暫くは大丈夫でしょう。神官長に引き渡して来ましたから。またこんなことがあったらお願いします。

 ……ところで、慣れましたか?」

 最後の言葉に、彼女は少々表情を暗くし、


「ちょっと、蒸し暑くて……」

「そうですか……仕方ありませんね。

 少しなら、ニーバッツに帰れるようにしましょうか?」

「え? いいの?」


「ええ、構いませんよ。ちゃんと帰ってきて下さいね。ステアルラも心配しますし」

 少し明るくした表情を、また暗く――いや、今度は哀しくする。

「……どうしました?」


「何でも……」


「そんな顔じゃありませんよ」

 言い、手近な部屋に彼女を引っ張り込み、


「さあ、言ってください」

 椅子に座らせて問う。

「…………」


「スクーヴァル?」

「何でも……ないから。本当に」

「………………仕方ありませんね」


 嘆息混じりに言うと、スクーヴァルの額に手を当てるリガス。……こいつ……エゲツのないことをする。


「さあ、話してください。何を悩んでいるんです?」

「お兄ちゃんが冷たいの。最近特に……」

「ステアルラが、ですか?」

「うん……」


 すらすらと話し始めたスクーヴァル。……もう分かると思うが、魔力で自白を強制したのである。普通、できてもしない。尊厳というか……そういうものに少しでも配慮があるのなら。はっきり言って、尋問とかで使うのもためらわれる筈なのだが……。こいつ、結構恐いな。


「分かりました。できるだけステアルラにも話してみましょう。

 さあ、もういいですよ」


 言い、魔力から開放するリガス。無論、スクーヴァルは何故話してしまったのか分かっていない。……この術を知っていたら、怒っただろう。我でも怒る。


「……リガスお兄ちゃん……」

「どうしました?」

 戸口で振り返るスクーヴァルに、にっこりと笑顔で言うリガス。……恐い笑顔だな?


「……何でもない……」

 言い、退出する彼女を見送る。……だから、その笑顔は恐い。


 ……我の頭に、プラチナブロンドの、仲間内で一番えげつない男の笑顔がちらついた。……まあ、一番恐ろしい笑顔はシトゥノだが。



◆◇◆◇◆

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