第9話

――湿ってない。


 それが、第一印象だった。周りの壁は石造りだが苔は無く、並んでいるテーブルや椅子も木製。乾いた空気が肌に心地良かった。どこに光源があるのかは分からない。


 既に、二人居た。一人は、淡い金髪(プラチナブロンド)と、マラカイトの双眸の男。体つきが良く、いわゆるラフな服装をしている。もう一人は、赤い髪を三ツ編にした、神官服の少女――無論、見た目のままの少女ではなく、ただ単に自己の確定が早く訪れたというだけなのだが。


「その子がスクーヴァル?」

 赤い瞳を無邪気に輝かせ、訊いてくる。手には、短いロッド――ヘグルマンタス最大の宗教・護王教団の最高権力者の証である――を持っている。

「あたしはアルシオ。よろしくね」


「スクーヴァルよ。こちらこそ」

「オレはケイディス。よろしくな」

 アルシオに挨拶を返すと、プラチナブロンドの男が言ってくる。彼にも挨拶を返すと、


「さて――本題に入りましょう」

 真面目な声で、リガスが言った。


「スクーヴァル。あなたが出会った、セシトイオという人物の特徴と、あなたが感じた印象を、ケイディスに話して下さい。主観が入って構いませんから」


 言われ、戸惑いがちに話し始めるスクーヴァル。彼女に質問しながら話を聞き、暫く考え込んでいたが、


「多分……間違いねぇと思う」

 誰にとも無く言った。


 場の空気が変わる。


「え? 何?」

 一人、取り残されるスクーヴァル。


「ええと……十五神王は知ってますよね?」

「うん」


 世界を守護しているという、十五人の神――それが、十五神王。御伽噺から神話まで、その話題には事欠かない。

「セシトイオというのは、光王です」


「……え?」

 一瞬、結びつかなかった。光王――十五神王の一人、光を司る神。

「あれが……神様?」


「残念ながら」

「だって、神話の光王様は……」


「伝承というものは、捻じ曲げられていますから。ご愁傷様です」

 にっこりと言うリガス。ややあって、スクーヴァルは別の疑問に辿りついた。


「何でそんなことが分かるの?」

 もっともな問いである。リガスは、ケイディスを指し示すと、


「彼を詳しく紹介しますね。彼は――もう聞いたでしょうがケイディス。各地の結界を作っています」

 その一言に、スクーヴァルは驚愕の表情を浮べる。


「じゃあ……結界王?」

 結界王――頭に『氷の』が付くこともあるが、要するに、このヘグルマンタスに点在する結界全ての創造主である。つまりは、溶岩を居住空間にする為の結界を作っている。噂によると恐ろしいほど長い時を生き、世界の全てを知っているとされているが……。


「何でも知ってる、って訳じゃねぇよ。期待を裏切って悪りィけど」

 スクーヴァルの考えを見透かしたように、ケイディスが言う。


「実は、昔の記憶がねぇんだ。ま、ここ二、三十万年なら大丈夫だけどな」


 それでも途方も無い数字に、スクーヴァルが唖然としていると、

「ちなみに、アルシオは護王教団の大神官です。よくエスケープしますけど」

 アルシオが、悪戯っぽく微笑む。


「……で、話を戻しますが、ケイディスは色々知っていまして。十五神王の個人名も、彼が知っていたんですよ。でも、それ以上ははっきりしません。しかし、知らないわけではないんです。


 私が思うに、忘れかけているのではないかと。だから、さっきあなたにセシトイオの話をしてもらったんです。それによって、ケイディスの記憶が刺激されないかと。……上手くいったようですね」


「問題は、何で光王がロスオイトの王宮に出たか、ってとこね……」

 難しそうに、アルシオが呟く。……大した役者ぶりだな。レグア。


「用事があるって言ってたけど」

 既に報告済みなのだが、繰り返すスクーヴァル。


「話を聞く限り、信用できません」

 きっぱりと言うリガス。

「というか、神がナンパをするとは……」


「あれ、やっぱりそうなの?」

「いや、あいつならする。あのセクハラ神王なら」

 セシトイオに関する記憶が充実してきたケイディスが言う。


「スクーヴァル、次にあいつに会ったら迷わず逃げろよ。兵士でもリガスでも呼べ」


 それが賢明だと、我も思う。あの色魔、女と見れば……いや、止めておこう。


 結局、何の結論も出ないまま時間が過ぎ、解散となった。スクーヴァルには、念のため、十五神王の個人名のリストが渡された。一度接触があった以上、またないとは限らなかったからである。


 そして、その日の夜――珍しく、ステアルラが妹の部屋を訪れた。



◆◇◆◇◆

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