第5話
外の雨を横目に、彼女は荷物を解いていた。流れた汗が、なかなか乾かない。ニーバッツでは、空気が乾いていたから良かったのだが。
苔の生えた石で作られた部屋。家具も、石造りが主だ。木製は長持ちしないらしい。
やがて彼女は、慣れない蒸した感触に溜息をつき、栗色の髪をかき上げた。
と、その時、ノックの音。扉だけは、重くなるからなのか木製だった。
「どうですか? スクーヴァル」
「……リガスお兄ちゃん……」
入ってきたのは、黒髪黒目。端正な顔つきをした、体格の良い男。このロスオイトの宰相・リガスである。見た目では分からないが、このロスオイト建国の王オーレムの頃からその地位にあり、実質この国を取り仕切ってきた。常に国王を立ててはいるが、今の王はまだ幼く、彼がこの国を治めているといっても過言ではないだろう。
「なるべく、湿っていない部屋を選んだつもりなんですが……」
「だ、大丈夫です! 不都合なんて全然……」
「今更、他人行儀にならないで下さい。気持ち悪いですよ」
最後の一言に、むくれたような顔になる。それを見て、
「はい、それくらいで」
笑顔で言う。彼女は、戸惑ったように表情を崩した。
「後で、ステアルラと一緒に会いましょう」
そう言い残して、去っていく。彼女はその後ろ姿を見送り、嘆息した。
何故、兄はこのロスオイトに移住を決めたのか。ニーバッツでも不自由はしていなかったし、ただ懇意にしていたリガスと会い易くする為なら、もっと早くに決めていても良かった筈だ。彼女が生まれて十九年。そのずっと以前から、兄はリガスと知り合いだったのであるし。
――最近、冷たいな……。
そう思うが、相談する相手もいない。強いて挙げればリガスなのだが、彼は彼女の馴染み以前に兄の親友だ。聞きづらかった。
周りは大人ばかりで、年の近い友人も居ない。……まあ、ろくに子供がいないのだから当然なのだが。そもそも、兄と呼んでいるが、同じ両親から生まれたとは限らないのだ。もしかすると、親がそう呼ばれたくなくて、兄と呼ばせているだけなのかも知れない。血の繋がりなど無いのかも知れない。それほど、このヘグルマンタスでの関係とは、不明瞭なものだ。今更問い詰める気にもならないが。
彼女は、また嘆息し、窓の外を見やった。雨が、降り続いていた。
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