第77話

夜中にティーンが目を覚ますと、隣にいる筈のリサも、ドルティオークもいなかった。

 起き上がると、隣の部屋から明かりが洩れていることに気づく。


 そちらの部屋に向かうと、ドルティオークがリサを抱いてソファに座り、夜景を眺めていた。


 一年三カ月程前に、ドルティオークが建てた屋敷の中である。もともとこの屋敷は、妻が一向に拠点に戻らないことへの対策として、妻の勤務先の隣に建てたものだが……今となっては、ここが彼ら夫婦の住処となっていた。


「どうした? 疲れているだろう? 寝ていろ」


「そうもいかない。ミルクの時間だ」

 ドルティオークの隣に座ると、彼の手からリサを受け取る。


「それくらい、俺がやっておく」

「母乳の方がいい」


 言いながら、娘に母乳を与えはじめるティーン。

 金色の双眸に黒の髪。まだ生まれて間もないその生命は、必死に糧を飲み込んでいた。


 と、ドルティオークが立ち上がり、ティーンの後ろに立つ。

 ソファごしに、妻と娘を抱き締めると、


「護ってやりたい。お前たちを…………」

 痛恨の響きを込めて、呟く。


 妻の延命法を探ったはいいが、まったく手掛かりすら掴めず――業を煮やした彼は、妻の故郷へと向かった。


 巫女頭イリア――彼女の知識に賭けたのだ。


 しかし、イリアには会えたものの、返ってきた言葉は、死は避けられないというもの。

 もはや彼には成す術がなかった。


「……私の過ちだ。お前はもう過ちを繰り返さなければそれでいい」

 ティーンが呟いた言葉の後には、沈黙が落ちた。



◆◇◆◇◆

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