第75話

トースヴァイ。セルドキア王国のリュシア教の聖地である。この国最大の聖都で、最大のリュシア教会が存在する。  その、トースヴァイのリュシア教会にて――


「リュシア最大の禁忌がリュシア最大の教会で挙式とは滑稽だな」


 式の開始時間ギリギリに、花嫁衣装ではなく儀式用の民族衣装で現れた花嫁は、花婿と顔を突き合わせるなりそう言った。


「……リーゼ。

 二カ月以上顔を合わせなかった上に、再会の台詞がそれか?


 俺も式の準備で忙しくて会いに行けなかったが……お前は場所選びにも衣装合わせにも顔を出さずに、おまけに招待状も出さない始末だ。……まぁ、式の場所は俺が決めたし、招待状は交流関係を洗って出しておいたが」


「余計なお世話だ。お前との挙式など、誰にも見られたくはなかった」


「……おいおい、随分とぎすぎすしてるな、ティーンの奴」

 ぽつりと呟いたのはウォルト。新婦側の参列席に座り、新郎新婦のやりとりを眺めている。


「仕方ないわよ。あれだけ嫌がってたんだし」

 呟き返したのはガーネット。他にも、新婦側の参列席には、カイナやザストゥ、戦技院・呪法院の関係者などがいる。


 因みに新郎側の参列席には『禁忌』のメンバーはいない。もともとドルティオーク一人の力で存続してきたような団体であるし、新婦の招待客に戦技士や呪法士などが多数おり、来れば逮捕されるか最悪殺されるかするのが分かっているからである。


 その代わりにと言ってはなんだが、新郎側の参列席には証拠不十分で逮捕できない大物マフィアが何人かいた。


「お、お二人とも……そろそろ式を……」

 司祭が、目の前で言い合っていた(と言っても、新婦が一方的に新郎を突き放した態度を取っていただけなのだが)二人に恐る恐る言うと、意外におとなしく、二人は司祭の方へ向き直った。


 それから式はつつがなく進行し――

「ティーン・フレイマ。汝はこの男を夫とし、生涯苦楽を共にし、支え合うことを誓いますか?」

「………………」

 ――沈黙。


「誓いますか?」

 ――沈黙。


「嫌だ、とか言い出しそうだな……」

 ぼそっと、隣にいるガーネットにだけ聞こえるようにウォルトが呟く。


「大丈夫よ。ね、カイナちゃん」

 ガーネットの囁きに、カイナが無言で頷く。


 やがて、カイナの予告通り、

「不本意だが誓う」

 ティーンがぽつりと宣言する。


 司祭は内心胸を撫で下ろし、式を進行していった。



◆◇◆◇◆

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