第72話

周囲の空気が一変したことは、ドルティオークにもすぐに分かった。

 次いで――


「我が敵を灰燼と化せ!」

 聞こえるティーンの短縮詠唱。


 ドルティオークは、とっさに身を躱したが避け切れす、右腕を失った。

 ジャケットの袖から、ばらばらと粉が落ちる。


 ――体術は持ち前のものか……。


 呪法を放ったティーンは、内心舌打ちしていた。


 ドルティオークが呪法を避けた動き――あれはどう見ても常人のものではない。


 となれば、接近戦は避けるべきだが――魔眼の効果範囲には限界がある。


 現状では、ティーンの半径五メートルでしか、魔眼はその効果を発揮しないのである。


 接近戦で、呪法で倒すしかない。


 殴り掛かられるリスクはあったが――それしかなかった。


「炎の飛礫よ!」

 ティーンの周囲に発生した数十の炎が、それぞれ異なった軌跡を描いてドルティオークに向かっていく。


 だが、ドルティオークはそれら全てから身を躱し――ティーンに肉薄する。


 ティーンも後ろに下がるが、ドルティオークの方が上だった。


 もう距離は一歩もない。


 ドルティオークからの攻撃を警戒したティーンだったが――一瞬の後、違和感に気づく。

 抱き締められていたのだ。


 ドルティオークに。残った左手で。

「……な!

 何を考えている?」


「言った筈だ。リーゼ。

 俺の命はお前にやると」

 耳元で囁く、ドルティオークの声。

「お前の為に、お前の手で死ねるなら本望だ。

 さあ、殺すがいい」


「……………………」

 一気に士気が失せる。


 ティーンとて、無抵抗の相手を殺せるほど非情ではない。こうなれば、彼女にできることは何もなかった。


 その沈黙をどうとったか、ドルティオークは、彼女の唇に自分の唇を押し当てる。

「………………」

 ティーンは、今度は抗うことなく、その金色の双眸をゆっくりと閉じた。



◆◇◆◇◆

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