第70話

最初に感じたのは、誰かが頬を撫でる感触だった。

 やがて――唇に生温かいものが押し付けられる。


「――……!」


 一瞬でそれが何であるか知覚し、とっさに拒絶する。


 祭壇から降り、相手と数歩の距離を取ってから、

「ドルティオーク……」

 呟くように、言う。


「リーゼ。約一週間ぶりか……。

 どうだった? 里帰りは」


 その言葉に、ティーンは何ら怯む事なく、

「家族に会えたのは良かったが……巫女頭からお前と結婚しろと言われたのが最悪だったな」

 ありのままの事実を告げる。


「結婚か……。

 ……で、お前はどうする? その言葉に従うか?」


「巫女頭の言葉は絶対だ」

 何のためらいもなく、ドルティオークの問いに答える。

「だが、私はお前と結婚するくらいなら死を選ぶ。

 しかし――」


 ティーンは、その青い双眸でドルティオークの瞳を真っ向から睨みつけ、

「私が死ねば、お前はまた無用な殺戮を繰り返すだろう」


「……そうだろうな。手初めにあの予言者を殺し――異教徒や異端者たちを狩り続けるだろう」


「お前と結婚しないという前提でそれを防ぐ手段はただ一つ」

 ティーンは、ゆっくりとした口調で、宣言した。


「今ここで――お前を殺すことだ」



◆◇◆◇◆

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