第63話
「どこ行くの?」
前を小走りに行く兄に尋ねるが、
「行けば分かるって」
そうはぐらかして答えてはくれない。仕方なく、兄の後をついて行く。
村の裏口から農耕地へ出て、そこからさらに山奥へと向かっていく。もう、森の中を歩いていた。狩りに来る村人がいるので、どうにか道と呼べるものはあるにはあるが……獣道と言った方がふさわしいかもしれない。
「下、崖になってるから気をつけろよ」
視界が開け、夜明け前の空が見える。たどり着いたのは、崖の上の小さなスペースだった。兄は無言で、そこに腰を下ろす。
彼女も兄に倣い、腰を下ろした。そうして静かな時が流れるうちに――夜明けが来た。
「……きれい……」
朝日を浴び、昇りくる太陽を見つめながら、思わず彼女は呟いていた。
「きれいだろ?」
そんな彼女の横顔をのぞき込みながら、上気した声で兄が話しかけてくる。
「二年ぐらい前にここ見つけてさ、リーゼが帰って来たら絶対見せようと思って……」
兄の言葉は、途中で止まった。彼女の頬を伝う涙を目にして。
「……リーゼ?」
「何でもないの。ただ……嬉しかっただけ」
半分は事実。半分は偽り。
彼女は、悔いていた。
もう失うものは何もないと思い込み――取り返しのつかないことをしてしまった。
彼女の身体は弱かった。そのままでは一族の仇は取れないと判断した彼女は――独学で得た知識を元に、ある呪法を完成させたのだ。
――肉体強化の呪法を。
呪法が成功した証しに緑の双眸は青へと変わり、病弱な身体は人一倍の健康さを手にした。だが、払った代償も大きかった。
彼女は、自分自身の命を、その代償にしたのである。正確には分からないが、彼女の寿命は、もう何年も残ってはいまい。
――ひどく、馬鹿なことをした。
朝の光を浴びながら、彼女は一人、密かに悔いていた。
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