第60話

「良かった。サイズ合ってたね」

 彼女に服を着せてみて、開口一番、母は言った。

「似合ってるよ。リーゼ」


 約五年ぶりの民族衣装に、やや戸惑いを見せる彼女を、母は暫く眺めた後、

「胸が小さいの、あたしに似ちゃったねぇ」

 ぽつりと洩らす。

「気にしてないよ。そんなこと」


「そうかい?

 ……あ、そうだ」

 何かを思いついたらしく、母は急に、彼女の手を引いて部屋を出た。


 部屋の外も、彼女の記憶にあるまま。木の壁や床、天井。部屋を出てすぐのダイニング。他の場所と同じく木造の階段を上り、母の部屋の前で止まる。


 母の部屋も、記憶の通りだった。彼女の部屋と大差ない。木製の家具――ベッドや箪笥など――があり、窓にはカーテンがはためいている。違いと言えば、書棚が無く、普通の鏡の代わりに鏡台があるところだろうか。


 その鏡台の前に彼女を座らせ、化粧用具を取り出す。

「せっかくこんなに綺麗になって帰って来たんだからね。ちょっとお化粧してみようね」


 綺麗――そう言われ、彼女はびくりと身体を震わせる。

 違う。綺麗などではない。この身体は、もう汚されてしまったのだ。

 母や兄の愛情で忘れていた思いが、まざまざとよみがえる。


 自分にここにいる資格などない。この村に戻る資格すら無かったのだ。


 それを、戻って来てしまった。母や兄の愛情を受けてしまった。


「リーゼ……?

 どうしたんだい? リーゼ!」

 彼女のあまりの様子の変化――きつく歯を噛み締め、僅かながら涙を流している――に、気づいた母が、慌てて声をかけてくる。


「リーゼ! しっかりおし! リーゼ!」

 ぼんやりと母を見上げる彼女を、母は揺さぶり、抱きしめる。

「…………お母さん……」

「どうしたんだい……ほら、言ってごらん!」

「……お母さん……」

 僅かな沈黙の後、彼女は、母の胸に顔を押し付け、大声で泣きじゃくった。



◆◇◆◇◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る