第56話

「お前が拒むようなことはしたくなかったのだがな……」

 呟きつつ、ドルティオークは船の誘導システムを操作する。

 その表情には、今もなお戸惑いが残っていた。


「どこへ向かうつもりだ?」

「着けば分かる。俺の口から言うつもりはない」


 船はドルティオークの戸惑いを表すかのように、ゆっくりと進んでいた。呪法で飛んだ方が速いぐらいである。


 やがて――朝日が昇る頃。目的地が姿を見せはじめた。

「――!」

 その光景を見るなり、ティーンは瞳を金色に染め、

「引き返せ!」

 ドルティオークに向き直り、叫んだ。


 朝日を浴びているのは、木造の住宅群。そして、その周囲の農作地らしき場所。そのどちらも、何年も人の手が入っていないかのように荒れ果て、朽ちている。


「聞いているのか? 進路を変えろ!」

 だが、ドルティオークは椅子に座り、目を閉じたまま。動こうともしていない。


「……っ!」

 ティーンは、操縦システムの方へ走り、船の進路と速度を変えようとするが、魔力制御である。強制侵入を試みるが、彼女の魔力では及ばない。


 彼女が、もう十数回目になる強制侵入の試みを行っている最中に、軽い振動が船を包んだ。


 ――着陸したのである。


「リーゼ」

 振り向けば、ドルティオークが真後ろに立っていた。

「着いたぞ。船を降りろ。俺はここで待つ」

 抑揚のない声で、言う。


「――断る」

 金色の瞳のまま、呟くようにティーンは答えた。ドルティオークの顔を見上げるその目には、いつものような覇気はない。


「何を恐れることがある。五年ぶりの故郷だろう。思い残したこともある筈だ」


「私はもう二度と故郷の地を踏めない。引き返せ。拠点に戻るがいい」


「リーゼ」

 ティーンの言葉に応じる筈もなく、ドルティオークは彼女の両腕を掴む。

「降りるんだ。リーゼ」


「離せ! お前に何が分かる!」

 抗うが、ドルティオークの手は外れそうにない。仕方なく、言葉だけを続けるティーン。


「一族の仇に――お前に汚されたこの身体で、故郷の地が踏めるものか!

 ここに私の居場所はない! そんなものはどこにも有りはしない!」


 不意に、ドルティオークが片手を離した。

「……?」

 沸き上がった疑問も束の間で――

 どっ!

 ドルティオークの拳を、みぞおちに受ける。


「……ぐっ……」

 動けなくなった彼女を、ドルティオークは、船の出入り口から放り出す。

「……許せ……リーゼ」


 地に這う彼女にそう呟き、ドルティオークは船を急浮上させた。


 彼女がようやく立ち上がれるようになったのは、ドルティオークの船がどこかへ去った後だった。



◆◇◆◇◆

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