第55話
「4年半前――いや、もう五年前になるか――あの日――お前は我々レクタ族の村に押し入った」
真っ白なクロスが掛けられたテーブルを挟み、ドルティオークと向かい合いながらティーンは淡々とした口調で言葉を発した。
静謐な怒りを宿したティーンの声に、ドルティオークは悪びれた様子も見せずに彼女の言葉を聞いていた。
「お前は、それまでに行ってきた虐殺と同様に、無力な者・無抵抗な者も老若男女も構わずに、目につく端から村人を殺していった。お前が一仕事終えた後には――村には骸ばかりが転がっていた。しかもその半数は原型を留めていなかった。よく覚えている。私はお前に抱えられてその骸の道を通ったのだからな……」
葡萄酒を注ぐ手がそこはかとなく震えている。――まぁ、嫌でも彼女の話が最初から耳に入っているのだから無理もないことではあるが。
ティーンは自分の目の前のグラスに葡萄酒が注がれるなり、それを無反応のドルティオークに向かってぶちまけた。
「悪戯が過ぎるぞ。リーゼ」
瞬時に発生させた熱気で葡萄酒を蒸発させ、気楽な調子でドルティオークが言う。彼の前――白いテーブルクロスの上に、葡萄酒だった粉が舞い落ちる。
「お前と顔を突き合わせて食事などできるか」
二人がついたテーブルに付いていたソムリエが、ついに逃げ出した。周囲の目を気にしてか、飽くまで冷静を装った去り方ではあったが。
――そう。ここは、いつものドルティオークの拠点ではなく、某大都市の一流レストランだった。一月前にガーネットたちが訪れて以来、ドルティオークは彼女を二、三日に一度の割合で食事、買い物、観劇などに連れ出すようになっていた。無論、四六時中ドルティオークがつきまとっているのだから、ティーンにすれば拠点に軟禁されているのと何ら変わりはないが。
食事と言ってもいつもこの調子で、結局拠点に戻ってから各自食事を取り直すことになる。買い物に出ても彼女が何かを欲しがる筈もないし、観劇は、最初はおとなしくしているのだが、ドルティオークが指一本でも触れようものなら即座に退出してしまう。
はっきり言って、連れ出す意味など殆ど無かった。それはドルティオークも分かっている筈なのだが――
「一体どういうつもりだ?」
帰りの飛行船の中で、ティーンが口を開く。ドルティオークからは離れ、窓際で腕を組んで立っていた。
「お前の訳の分からない余興には、いい加減に飽きた」
「……リーゼ。
俺はただ、お前に喜んでもらいたいだけだ」
「嘘だな。
最初はそうでもなかったが……この頃、お前は船の行き先を設定する時に、一瞬だが逡巡を見せる。何故、こんな余興で誤魔化す? お前の本当の目的は何だ?」
「…………」
暫しの――いや、かなりの躊躇を見せた後、
「……分かった」
ドルティオークは、呟くように答えた。
ティーンに歩み寄ると、腕を掴み、その青い瞳を見据えながら、
「覚悟はいいな?」
通告するように、言った。
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