第53話

「しかしお前、何だって男の振りなんかしてたんだ?」

「男装した覚えはない」

 話の途中でウォルトが切り出した問いに、ティーンは涼しい声で答える。


「男と言った覚えもないし、ただ厚手のローブとマントで体型を隠しただけだ。公式に提出した書類には、きちんと女と記入していたしな。

 もっとも、誤解を解こうともしなかったのは事実だが」


「……そーかい。

 で、何で誤解を放っておいたんだ?」


「…………

 女と思われたくなかったのかもしれない」

 呟くように答えた彼女の声は、どこか沈んだものだった。

「……私は、奴に犯されたんだ。

 もう、他の愛など考えたこともない。奴に復讐したいだけだ」


「……復讐か……」

 ティーンの言葉が終わって数秒の間を置いて、ウォルトは呟くように言った。

「お前もあいつも復讐のためだけに生きてんだな……。

 なんか……虚しいよな」


「……あいつ?」

 おうむ返しに問われてはじめて、ウォルトの顔に戸惑いの色が広がる。


「誰だ? あいつって……

 今……オレ、何て言った……?」


 ――ブラック・オニキスの記憶か……?

 困惑するウォルトを見ながら、ティーンは胸中で呟き、声をかける。

「気にするな。今、お前が気にしても仕方がない。

 それより、私は復讐を虚しい行為だと思ったことはない。このままでは殺された者たちの魂が報われない」


「いーえ、虚しいわ」

 ティーンの言葉に反論したのは、脈絡もなく響いてきた、ガーネットの声だった。

 辺りを見渡すが、姿はおろか気配すらない。ただ、声だけがそこに在った。


「復讐して何が残るの?

 残るとすれば自己満足ぐらいなものよ。

 誰が復讐を望んでるの?

 誰も望んでなんかいない。唯一、望んでるとしたら――怒りに我を失った生き残りぐらいなものよ。

 死者が望むのは残された者の幸福。一族の仇討ちなんて重荷を負わせたりしない」


「…………

 ……前にも、お前はそう言っていたな」

 どこにいるとも知れぬガーネットに、ティーンは瞳を金色に染めて言葉を返す。


「いくら議論したところで、お前も私も意見を変えないのだろうな。この件については、平行線だな」

「まぁね」

「……で、何の用だ?」


 外にいるドルティオークの気配が動き出したのを感じつつ、尋ねる。

「別に用ってほどの事じゃないけど」

 一見呑気な口調で彼女は言う。


「レクタの地に戻るつもりも、イリアに会うつもりもないわよね?」


「知っている筈だ。私は二度と故郷の地は踏めないし、巫女頭にお会いすることもできない」

「やっぱり? まぁ、それならそれでいいわ。 後はドルティオークね……」


 ぽつりとした呟きを最後に、ガーネットの声は途絶えた。そして、それと入れ替わるように、ノックの音が部屋に響いた。



◆◇◆◇◆

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