第47話

「うわああぁあぁッつ!!」

「……ウォルト!?」

 突然の悲鳴に振り向けば、見知った顔が一人、天井から降って来たところだった。


「無事か!? 何があった!?」

 床に激突したウォルトを助け起こす。


「何が何だかオレにもさっぱり……」

 ティーンに起こされながら呟いていたウォルトは、彼女の姿を見て言葉を止める。

「……どうした?」


「お前……ティーンか?」

 問われて初めて、彼女は自分がドレス姿だということに気づいた。


「ああ。ティーンだ」

「女だなんて聞いてねぇぞ……」


「言わなかったからな。悪かった。

 それより、どうやってここを突き止めた?」

 問われ、ウォルトは床に激突したときに打った場所をさすりながら、


「ガーネットだよ。あいつが、お前に会いたいなら来いってんで、ついて来てみたら……」

「ガーネットが……?」


「そう。あたしたちが連れて来たの」

 唐突に、声は天井からした。見上げていると、スペサルタイトに乗ったガーネットが、天井を素通りして現れた。


「ガーネット。ここは危険だ。ウォルトを連れてすぐ、出て行ってくれ」


「え~。せっかく来たのに~」

 ティーンの硬い声に、半分ふざけているような声で応えるガーネット。


「ティーンだって、あたしに訊きたいことがあるでしょー。ウォルトとも久しぶりだしー」

「そんなことを言っている場合じゃない。殺されるぞ」


「殺されるって……この滅茶な気配の持ち主にか?」

「ああ。『禁忌』――ドルティオークだ。奴は二日前にも、命令に背いたからと言って自分の部下を殺している。奴が来る前に逃げろ」


「逃げろって……お前も一緒に逃げたらどうだ? あの天井、擦り抜けられるんだろ?」


「あ~、それボツ」

 ウォルトの提案を、どこか面倒臭そうにガーネットが却下する。

「言ったでしょ。『セミ-プレシャスだって証拠を見せる』って。

 これは普通の……って言うか、呪法でかなり強化されてるから普通じゃないけど……とにかく普通の天井。抜け穴なんか一切なし。セミ-プレシャスに物体透過能力があるから出来たことよ。


 セミ-プレシャスでもプレシャスでもないティーンには無理なの。分かった? ブラック・オニキス」


「またブラック・オニキスか? 一体何なんだよ? それは。セミ-プレシャスだのプレシャスだの……分かりやすく説明……」


「話は後だ! 逃げろ!」

 ウォルトの言葉を遮り、ティーンが叫ぶ。向かいの部屋にいるドルティオークの気配が動き始めたのだ。


「大丈夫よ。あいつがそのつもりでも、あいつはあたしたちを殺せない。その時は返り討ちよ」

 ガーネットが自信たっぷりに言う中、ノックの音が響き、扉が開く。


「ドルティオーク!」

 瞳を金色に染めたティーンが、ブラック・オニキスの短剣を構え、ドルティオークの前に立ち塞がる。


「私の友人だ! 殺すな!」

 一方、ドルティオークは、侵入者をガーネット、スペサルタイト、ウォルトの順に見渡して、


「リーゼの友人か。なら、ゆっくりとしていくがいい。

 リーゼを連れ出すなら声をかけろ。同伴する」


 それだけ言うと、扉を閉め、去って行った。


 安堵の溜め息を洩らし、ブラック・オニキスの短剣を収めるティーン。彼女が部屋の中を振り返ると、何故かガーネットが頭を抱えていた。

「……どうした? ガーネット」


「………………

 ……あーもー、頭痛い……」

 ティーンの声に、小さな呟きを返し、彼女は、


「ちょっとその剣貸して」

 ティーンからブラック・オニキスの短剣を受け取り、刀身に触れる。

「……やっぱり……」

 絶望的な声で呟くと、


「何考えてんのよ!? あんたはっ!」

 やおら、短剣の柄でウォルトに殴り掛かる。


「な、何だ!? いきなり」

 ぎりぎりのところで躱し、ウォルトが叫ぶが、ガーネットがそれに応じる気配はない。


「無駄よ。ガーネット」

 もう一度殴り掛かろうとするガーネットを止めたのは、ティーンでなく、人間の姿になったスペサルタイトだった。


「彼に言っても分からないでしょ? 抜け殻なんだから」

「それはそうだけど……」

 渋々、ウォルトへの襲撃を諦めるガーネット。


「抜け殻でも殴っとかないと気が済まないと思わない?

 あたしたちプロトタイプならまだしも……こいつは完成形の筈よ」


「……多分、イリアが欠陥に気づかなかったんじゃないかしら」


「……あー、頭痛い。

 ティーン、この剣、元の場所に戻すけど、いい?」


「あ、ああ」

 呆然と事の成り行きを眺めていたティーンの許可を取ると、


「封じよ」

 呪法でウォルトの動きを封じ、その胸に深々と短剣を突き立てる。


「……な……

 ウォルト!!」

 慌てて駆け寄ろうとしたティーンだが、すぐに異変に気づき、足を止める。


 刺されたウォルトに苦しんでいる様子はなく、刺さった短剣は、砂が崩れ落ちるようにして消滅していっている。


「……一体……?」

「まぁ、在るべき処に還るってことで」


 ティーンの隣に来たガーネットが気楽に呟く。スペサルタイトは、既に鳥の姿に戻っていた。何を考えてかは知らないが、呑気に絨毯を啄んでいたりする。


 短剣が完全消滅した後、唖然と自分の胸に突き立った剣を眺めていたウォルトは、ゆっくりと頽れていった。ティーンが安否を確かめたが、ただ眠っているだけだった。


「どういうことか説明してくれ」

「それよりも……訊きたいことが別にあるでしょ」

 ウォルトをベッドに寝かせ、ティーンが言った言葉に、ガーネットは茶目っ気のある声で応える。


「教えてあげるわ。イリアとあたしの関係。話の中でウォルトのことも出て来るし」



◆◇◆◇◆

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