第43話

目を覚ますと、カーテン越しに薄い光が入ってきていた。


 ティーンは、起き上がり、カーテンを開ける。カイアスズリアの影響も、ようやく消えてきたらしい。まだ少々痛みは走るが、動くのに支障はなかった。ベッドから下りると、室内用のスリッパに足を入れ、床に敷き詰められた絨毯の上を歩き、クロゼットの前へ行く。中には、ドレスばかりが入っていた。どうやら、ドルティオークは、彼女にこれ以外のものを着せるつもりはないらしい。肩の出るものが一着もないところを見ると、あの一件については反省しているのかもしれないが。


 ドレスには、それぞれ揃いの装身具や靴も用意されていた。無論、彼女はこんなもので着飾るつもりは毛頭なかったが……まさか寝衣でうろつく訳にもいくまい。仕方なく、ドレスの中から最も地味な物を選び、ドレスと靴のみを身につける。装身具は無視である。それから、鏡台の前へ行き、髪をとく。髪飾りも用意されていたが、無論これも無視である。


 着替えを終え、一息ついて部屋を見渡す。この部屋だけは、この拠点の中で全く違う様相を呈しているようだった。どこの令嬢の部屋かと思うほどである。壁は剥き出しの岩壁ではなく、その上に壁下地が塗られ、白く塗装されていた。床には絨毯が敷き詰められ、天井のシャンデリアには幾つもの呪法の光が固定されていた。広さも尋常でない。そもそも、天蓋付きのベッドが全く違和感なく見える広さなのだから。家具は、クロゼット、箪笥、鏡台、ソファ、ベッド、テーブル、椅子、飾り棚などが一式揃っており、書棚は二つあった。一つは本がびっしりと並んでおり、もう一つは空である。書庫から好きな本を選んで持ち込めとのことだった。彼女の本好きを、しっかりと覚えていたらしい。


 部屋には、一つの壁に集中して存在する二つの扉と、一つの大きめの扉とがあった。二つの扉は、浴室と化粧室、一つの扉は、言うまでもなくこの部屋の唯一の出入り口である。


 ティーンは、椅子に座ると、テーブルの上に置いてあったブラック・オニキスの短剣を手に取った。不思議な印象を受ける剣である。前から知っているような気がしてならない。――それに。この剣は、思い起こさせるのだ。一族の村で過ごした十三年間や、仇討ちを目標に動いていた日々を。たった一人の親友のことが気にかかる。ウォルトはまだ、あの呪法院で苦労しているのだろうか。


 と、ノックの音が響く。続いて――

「リーゼ。起きたか?」

 声と共に、扉が開く。無論、ドルティオークだった。トレイを手にしている。

「朝食の時間だ」


 無視していると、ドルティオークはこちらの方へ歩み寄り、テーブルの上に朝食を置き、自分はそのままソファに腰を下ろした。

「……俺を殺すのか?」


 抜き放った短剣を見つめて動かないティーンにそう問いかけると、彼女は鋭い眼差しを彼に向け、 「この剣でお前を殺せば、お前を許したことになりかねない」

 それだけ言い、短剣を鞘に収める。


「命を差し出しても許す気はない、か……。

 ……それでもいい。とにかく俺の側にいてくれ」

「断る」


 間髪入れずにそう言うと、目の前に置かれた食事に手をつける。奴が用意した物を食べるのも癪だったが、体力をつけないことには行動出来ない。


 彼女が食事を終えると、トレイを下げるためか、ドルティオークはテーブルの側までやって来た。そこへ――


「……一つ、訊きたいことがある」

 珍しく、ティーンの方から声をかける。

「何だ? リーゼ」

 言いながら髪に触れてくるドルティオークの手を払いのけながら、彼女は言葉を続ける。

「巫女頭のことだ」


「……巫女頭?」


「四年半前、お前たちが私たちの村に攻め込んだ時――どうやって巫女頭を倒した? あの方は、お前と比べても遜色ないほどの力を持たれていたと思うが……」


「心当たりがないな。村にいたのは、殆ど無力に近い村人だけだった」


「おられた筈だ。祭祀殿に、巫女たちと共に……。

 巫女一人にしても、今の私と互角以上の力があったはずだ」


 ティーンの言葉に、ドルティオークは暫し黙考し、

「……祭祀殿というのは、祭壇ばかりが並んだ建物のことか?」

「……そうだ」


「なら、なおのこと心当たりがないな。そこには誰もいなかった。逃げ込んだらしい男が一人、居ただけだ。……殺したが。


 それに、繰り返すようだが、今のお前以上の使い手など、村には一人もいなかった。いたのは、何の力も持たない村人だけだ」


「…………

 ……馬鹿な……」

 ドルティオークの答えに、ティーンは呆然と呟くしかなかった。



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