第41話
ティーンは一人、ベッドの天蓋を見つめていた。
申し訳なさそうな一言を最後に、ドルティオークは去って行った。奴は脱出は不可能だと言ったが、勿論彼女はそれで諦めるつもりなどなかった。
どうすれば、奴の隙をついてここから出られるか。思考は自然とそちらに向かう。勿論、身体もろくに動かない現在では、何も出来ないと分かっていたが、回復した時にどう動くか、それを考えずにはいられない。
まだ、この拠点の詳しい情報などは手に入っていないが、それ以前に考えておかなければならないことがある。
ドルティオークの監視の目を、どうやり過ごすかである。脱出しようとすれば、即座に気づかれるだろう。生体探査の呪法を使うだけで可能なことだ。生体探査にかからないように自分の気配を消すことも、可能なことは可能だが……それは自分の呪法の技量が、相手と同等かそれ以上の時にのみ言えることである。自分の技量がドルティオークより上だなどとは、どうしてもティーンには思えなかった。
そんな考えを巡らせているうちに、まさに唐突のことだったが、
「リーゼ。俺が憎いか?」
カーテンの向こうから、声がした。
声と同時に、ドルティオークの気配が現れる。一瞬前まで、何の前兆も無かったというのに。
「俺が、憎いか?」
声は、繰り返し尋ねてくる。
「……憎くないとでも思うのか」
半身を起こし、ティーンは呟く。彼女の瞳は、既に金色に輝いていた。
「……俺がお前にしたことは、そう簡単に埋め合わせられるものではない。それは、俺も分かっているつもりだ。だから……リーゼ。
お前に、俺の命をやろう」
「……?」
「よく見ろ」
声と同時に、カーテンが開く。その向こうには、二振の剣を手にしたドルティオークが立っていた。
一振は、ティーンが所有していた剣。もう一振は、刀身がブラック・オニキスでできた短剣。
ドルティオークは、短剣を傍らのテーブルに置くと、ティーンが所持していた剣を抜く。名刀と言うほどでもないが、質の良い剣ではある。
それを右手に持つと、自分の左腕に振り下ろした。
「……!」
剣が、ドルティオークの左腕を切り裂くことはなかった。
粉々になったのだ。彼に触れた部分が。
「これで分かっただろう」
剣の破片が落ちる音の中、彼は言った。
「俺には、普通の武器は通じない。この通り、武器の方が崩壊するんだ。
だが――」
彼は、砕けた剣の柄をテーブルに置くと、短剣の方を手に取った。先程と同じように右手に持つと、今度は左手を、浅く切りつける。
短剣の切っ先が動いた跡には、赤い線が刻まれていた。
「このブラック・オニキスの短剣なら、俺を傷つけることができる。無論、こんな浅い傷だけでなく、致命傷も負わせられる。俺を殺すことのできる、唯一の武器だ。
リーゼ。この短剣をお前にやろう。俺を殺したいなら、これを使え」
言い、短剣を鞘に収めると、ベッドの隅にそれを置く。続いて、
「ついでだが、これは返しておく」
三つの終了証を、短剣と並べて置いた。
「お前のローブから出て来たものだが……大切なものだろう。持っておけ」
それだけ言うと、ドルティオークはカーテンを閉めた。続いて、彼の気配が消える。
残されたティーンは、暫くしてから短剣を手に取り、ブラック・オニキスの刀身を見つめていた。
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