第37話

次に目が覚めたのは、真夜中だった。どうやら月明かりらしい光が窓から差し込んで来ている。


「貴様……まだいたのか」

 その月明かりに浮かび上がった人影に、昼間と同じく憎悪のこもった声をかけた。人影――相変わらず、ベッドの傍らの椅子に座り、こちらを見つめるドルティオークに。


「お前が回復するまでは離れないつもりだ」

 言いながら、彼は彼女の前髪をそっと撫でる。


「触るな!」

 叫び、その手を払いのける。ぎこちない動作ではあったが、今度は身体が動いたようだ。


「昼間よりはいいようだな」

 彼に向けられた憎悪にも、払いのけられた手にも気分を害した様子はなく、満足そうにドルティオークは言う。

「明後日には、ここを出られるかもしれん」


「私をどうするつもりだ?」

 警戒心を露にした彼女の問いに、彼は穏やかな調子で、


「別にどうこうするつもりはない。ただ、俺が使っている拠点の一つに来てもらうだけだ。

 リーゼ、お前の部屋も用意してある」

「私はティーンだ! 私をリーゼと呼ぶ人々はもういない! お前が皆、殺したんだ!」


 激昂し、叫ぶティーン。だが、ドルティオークはそれを意に留めた様子もなく、

「俺は、お前をそう呼ぶ気にはなれないな。

 ……そういえば、そろそろ教えてくれないか? リーゼというのは、愛称なのか? それとも本名か? ファミリーネームは?」


「答える筋合いはない。

 それに、お前なら、それくらいのことは調べれば分かるだろう」

「お前の口から聞きたいんだ」

「私の家族にでも訊いて来い」


 皮肉げにそう言うと、ティーンは彼とは逆の方向に顔を向けた。ドルティオークの嘆息が聞こえ、その後は沈黙が落ちた。


 かなりの時間、その状態が続いたが――不意に、ティーンが顔をドルティオークに向けた。

「……どうした?」

 ドルティオークが、ティーンの頬を撫でながら訊くが、ティーンは今度はそれに抗う様子は見せずに、

「……カイナたちはどうなった?」

 それだけ訊く。


 ドルティオークは、その手を彼女の頬から耳、髪へと移しながら、

「どうして欲しい?」

 逆に尋ねる。


「…………?」

 意味が分からずにいるティーンの長い髪をいじりながら、ドルティオークは続ける。


「お前が眠っていたのは一週間だ。まだ、カイナ・プレテオルを抹殺する期日ではない。

 俺はこれ以上お前に嫌われたくないからな。カイナ・プレテオルについては、お前の意志を尊重しよう。


 ……但し……」

 ティーンの髪をいじるのを止め、再びその頬に手を当てる。彼女の顔を覗き込みながら、穏やかながらも硬い口調で、

「もう二度と、命を捨てるような真似はしないと誓うなら、だ」


「……分かった」

 彼の手を払いのけながら、ティーンは答えた。



◆◇◆◇◆

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