第23話

「何か用か? ザストゥ」

 正門の前に立つティーンは、後ろから近づいて来たザストゥに、振り返りもせずそう言った。


「さっきのカイナの予言で、気になることがあってな」

 言いながら、ザストゥはティーンの横に並ぶ。


「カイナの予言は、いつも明瞭だ。今日みてぇに、何かが邪魔してる、だの、よく聞こえない、だの……そういうことは一切なかった。

 あれは一体何なんだ?」


「私も知らない。ただ、予言の内容はとんでもなかったがな」

「……確か……一週間もねぇって言ってたな。何が起こるんだ?」


「カイナが最後に言った名前、覚えているか?」

 青い双眸をザストゥに向け、ティーンは尋ねる。


「あまり覚えてねぇが……ドル……何とか……」

「ドルティオーク。『禁忌』の名だ」


 ザストゥの目の前で、ティーンの双眸が金色に染まる。


「『禁忌』って……ちょっと待て! リュシア教からの警告じゃ、まだ先……」


 慌てるザストゥに、ティーンは瞳を青に戻し、冷静に、

「近づいて来たからと言って、すぐに攻め込んで来る訳ではないだろう。事前に周囲に潜伏しておいて、時が来れば押し入る……恐らく、そんなところだ。


 カイナが言ったのは、奴らの接近に私が気づき、私の方が奴らの元へ出向く……その暗示だろう。事実、奴の居場所が判明すれば私はそうする」


「……勝てるのか?」

 ザストゥの硬い声に、ティーンは淡々と、


「カイナは、運命の転機だと言った。死相が出ているなどとは言っていない。

 私が勝つか、或いは――」


 ――奴の手に落ちるか、だ。


 ティーンは、最後の言葉は口に出さず、無言で、懐から指輪を取り出した。大きな赤い硝子玉の嵌められたもので、一見して大した価値はなさそうなものである。それを、左手の人差し指に嵌める。


「…………?」

 不意に、ティーンが裏庭の方角へ視線を移す。


「どうした?」

「スペサルタイトの気配が消えた」


「スペサルタイト? ああ、あの鳥か。どっか飛んで行ったんじゃねぇか?」


「気配が離れて行ったのではない。消えたんだ」

 言い、ティーンはまた魔力を操り、


「ガーネット、何があった? スペサルタイトの気配が消えたが」

『急にいなくなっちゃったのよ。さっきまでいたんだけど……』


「前から思っていたんだが……あの鳥は何だ? 戦闘能力がお前並に有りそうだが」

『友達よ。鳥鳥って言わないで。

 ……まぁ、強いのは事実よ。本気で戦ったことないけど。

 それにしても、どこ行っちゃったんだろ……。ティーン、見つけたら教えてね』

 それだけ言って、会話は途絶えた。


 多少腑に落ちないものを感じつつも、ティーンは、

「ところで、率直に訊くが……」

 ザストゥに話しかける。


「カイナはどう言っているんだ? 彼女自身やお前の死期が近いとは言っていないのか?」

「あ? そんなことは一言も言わないが……」


「なら、安心だな。どういう経緯でそうなるかは知らないが……結果的に、『禁忌』はここへは来ない」


「お前が倒してくれるのか?」

「……別の可能性の方が強い」

「別の? 何だ、そりゃ」

「今は言えない」


 素っ気なくそう言うと、ティーンは人差し指の指輪に目を落とす。


 ――絶対に、奴の手にだけは落ちない。


 赤い硝子玉に全てを賭ける思いで、彼は胸中で呟いた。



◆◇◆◇◆

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