第19話
ザストゥ・カズラール。二十五歳。地元では名士と言えたカズラール家の長男として生まれる。一歳の時に母親を、二十二歳の時に父親を亡くし、現在残る肉親は、同じく幼いときに両親を失くした従姉妹――カイナ・プレテオルのみ。
事前に調べておいた彼に関する情報を思い出しながら、ティーンはザストゥの後ろを歩いていた。
茶色の短めの髪に緑の双眸。体格は、有り体に言えば人並みで、身のこなしも大したことはなさそうである。先程の面談で従兄弟バカと判明したが、それ以外、取り立てて説明するようなこともなさそうな男だ。
「ここだ」
言ってザストゥが立ち止まったのは、裏庭らしき所である。この屋敷は、森を切り開いて造ったものらしく、敷地の大部分が森で埋め尽くされている。今、二人がやってきた場所も、片側には屋敷の背面があるが、その三十メートル先は森になっている。
その、屋敷と森との空間に、彼らはいた。
ざっと見たところ三十人ほどか。それぞれが、程度の差はあるものの何らかの防具を纏い、剣だの斧だの槍だのを手にして――要するに、武装していた。
「……で、私にどうしろと?」
淡々とした口調で尋ねるティーンに、ザストゥは、さも当たり前といった口調で、
「決まってるだろ。今から、ここにいる連中と手合わせしてもらう」
言いながら、ザストゥはティーンの姿を見る。厚手のローブに上から羽織ったマント。武器らしきものといえば、腰の剣以外に見当たらない。
「倒せばいいんだな?」
確認するように呟くティーン。ザストゥは頷いてから、
「ああ、そうだ。
見たところ、服も動きにくそうだし、大した武器も持っていないようだし、何なら呪法を使ってもかまわ…………」
「これでいいのか?」
ザストゥの台詞が終わる前に。
ティーンは、その三十人ばかりの相手をなぎ倒していた。
素手で。
「………………
……いつの間に……」
「さっき、お前が頷いた時から動き出したが?」
ごく当然のことの様に、さらりと言う。
「…………武器は? 呪法は?」
「使うまでもなかった」
「……………………」
「一つ、聞いていいか?」
唖然としているザストゥに、淡々とした声でティーンは尋ねる。
「お前……特級戦技士がどういうものか知っているのか?」
「……どういう意味だ?」
珍しく表情を見せ――呆れたあまり嘆息したのだが――ティーンは言う。
「お前は私の実力が見たいと言った。特級戦技士だということを知った上で、だ。にも拘らず、送り付けて来たのは、そこらの警備員程度――私から言えば素人同然の連中だ。
私の終了証を偽物と思ったか、或いは特級戦技士のレベルを知らないか――そうでなければお前の行動の説明がつかない」
「…………」
答えに窮するザストゥに、ティーンは更に、いつもの感情の感じられない声で言う。
「それに、お前に会った時から疑問に思っていたのだが、護衛団のリーダーという割には、さして強そうな気配は感じられない。お前の物腰にも全くそういったものはない。気配を隠しているのなら見事だが……」
「だぁああぁつッ! もういい!」
嘲りも侮りもない、ただ冷静なティーンの口調が却って気に障ったのか、ザストゥは怒鳴りだす。
「そうだよ! 確かにオレは、戦闘訓練なんかろくに受けてないド素人だよ! はっきり言っちまえばそこに転がってる警備員の方がよっぽどマシだ!
だけどなぁ! カイナはオレの妹だ! 正確に言えば従姉妹だが、あいつが小さかった頃からずっと一緒だったんだ! 妹も同然だ! それを『禁忌』とかいう奴がいきなり殺すとか言ってきやがった! 許せるか!? 許せん!!
カイナは絶対にオレが守る!」
そこまで一気にまくし立てると、暫くぜいぜいと息を切らしていたが、やがて復活し、
「そういう訳で、オレはカイナ護衛団のリーダーになった。文句あるか?」
事の成り行きを黙って眺めていたティーンに詰め寄る。
「別に文句はないが……」
「ないが、何だ? 言ってみろ」
「敵との交戦状態に入った時、お前に指揮を取られると困る」
的確な、事実そのままの意見に、ザストゥは一瞬凍りつく。
「分かったよ! そんときゃお前らプロに任せる! それでいいんだろ!」
もはやヤケになって言うザストゥに、ティーンは更に、
「……で、ここには一体どれぐらいの戦力がいるんだ? ガーネット以外にさして強そうな気配は感じられないが……」
「ガーネットの知り合いか? ……って、ちょっと待て! 何でガーネットがここにいることを知ってやがる?」
「ここに来た時から彼女の気配は感じていた。ついでに、彼女の愛鳥・スペサルタイトの気配もな。
彼女も、私の気配に気づいている筈だ。そろそろ、彼女の方から接触してくるのではないか?」
ティーンの言葉が終わって、数秒後。
ザストゥが忌々しげに首を振った。
「何だ、どうした?
……その呼び方はするなと言っただろう!
……ああ、分かった。好きにしろ。
……ったく……!」
一人で毒づく。……知らない者から見れば、ただの危ない人間に見えたかもしれないが……今のは、魔力を利用した会話である。ある程度なら離れた相手と会話できる。勿論、術者の能力にも依るが、同じ町程度の距離が限界だ。
「……リュシア教の警告が来て以来、こいつといい、あいつといい、何でこんな奴らばっかり集まって来やがるんだ……」
おそらく、『こいつ』がティーンで、『あいつ』がガーネットなのだろうとティーンは察したが、敢えて何も言わなかった。
と、上空で、風を切る音がする。
オレンジ色の牛ほどの大きさの鳥に、その上に乗った赤い人影――言わずと知れた、スペサルタイトとガーネットである。
「ザトちゃん、お待たせ!」
「だからその呼び方はやめろ! ザトウクジラか! オレは!」
スペサルタイトごと地上に下り、元気良く言ったガーネットに、ザストゥが怒鳴る。
が、彼女はザストゥの言葉など意に介した様子もなく、スペサルタイトから降りてティーンに向き合う。
「ティーン、お久しぶり」
「約一カ月ぶりか……相変わらずだな。
ともあれ、これでまともな話ができそうだな。ここにいる戦力は、お前と私だけか?」
「スペサルタイトも忘れないで。
……まぁ、はっきり言っちゃえばそうね。あたしたち以外、ろくな戦力はいないわ。二、三週間後にはリュシア教の部隊が派遣されてくるらしいけど……当てにならないし。
……ところで、ティーン」
腕を組んでティーンの問いに答えていたガーネットは、そこで不意にティーンの手を取り、
「久しぶりに手合わせしない?」
「私は構わないが……」
ティーンは言い、二人の会話を呆然と眺めていたザストゥに視線を送る。
「ああ、ザトちゃんなら大丈夫」
「何でだ!?」
きっぱりと断言するガーネットに、ザストゥが抗議の声を上げる。だが、ガーネットは、平然と辺りを見渡し、
「ここらに転がってる警備員、どーせザトちゃんがティーンにけしかけたんでしょ。実力を見たいとか言って。ザトちゃんってば、あたしにも同じよーなことして、同じよーな結果になったじゃない。
結局、二回とも実力なんて見られなかったんでしょ。幸い、あたしはティーン相手なら本気出せるし……実力が見たいって言うなら、絶好の機会だと思うけど? ザトちゃん」
「ザトちゃんザトちゃん言うなッ!
……まぁ、確かにそれもそうだが……」
「なら決まりね。ザトちゃん、行くわよ!」
言うなり、ガーネットは、ザストゥの襟首を引っつかむとスペサルタイトに乗り、空に舞う。
「ちょっと待て、どこに行くうぅぅ」
ザストゥの声が遠くなっていくのを聞きながら、
「風よ、運べ」
ティーンもまた、飛行の呪法で空に舞った。
「はい、ザトちゃんはここね」
言い、ガーネットがザストゥを降ろしたのは、屋敷の敷地の隅になる、森のど真ん中だった。
「お、おい、何だってこんな所に……」
「あら、決まってるじゃない」
戸惑いがちに尋ねるザストゥに、ガーネットは、さも楽しげな笑顔を浮かべ、
「広くないと暴れられないもん」
はっきりと、断言した。
◆◇◆◇◆
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