第16話

「『禁忌』については、本当に申し訳なく思っております。しかし、第一聖騎隊や《リュシアの雷》が敗れた以上、我々には奴らを止める力はないのです。……情けないことですが」

 神殿の奥に続く通路を歩きながら、エヴァーヌは同じ言葉を繰り返す。


「今、確かなのは、今の奴に勝る戦力は、我々にはないということです」

 ……しかし――」

 エヴァーヌは、ゆっくりとティーンを振り返り、言葉を続けた。

「奴の意図は察しがつきます」


「意図? 何です? それは」

 一瞬だけ青い瞳を金色に変え――ティーンは尋ねた。エヴァーヌは、自嘲気味に、

「我々を嘲笑っているのですよ。恨みでもかったのでしょうね」

 言うと、再び視線を前に戻した。


「奴の暴走以来、『禁忌』と我々リュシア教は断交状態にある……そう思われますか?」

「違うのですか?」


 前を歩くエヴァーヌの背中に問いかけると、彼はゆっくりと首を横に振り、

「確かに、我々の呼びかけには奴は応じません。ですが、奴は、一方的にこちらにメッセージを送り付けてくるのですよ」


 と、エヴァーヌは足を止めた。もう、かなり奥へと来たのだろうか。通路は狭くなっており、辺りには人の気配が全くない。


「こちらでお待ち下さい。資料をお持ちいたします」

 エヴァーヌは、そう言って、ティーンを書斎らしき部屋に案内し、去って行った。


 今は使われていない書斎のようである。壁紙の色も、床の絨毯の色もくすんでいる。古ぼけた棚や引き出しに全て鍵が取り付けられているところを見ると、おそらくは以前、ここは機密情報を扱う場であったのであろうが。


「お待たせしました」

 何冊かのファイルを持って、エヴァーヌは戻って来た。

「まず、これをご覧下さい」


 エヴァーヌが手渡してきたのは、一枚の封筒だ。宛て先は、この神殿の司祭長となっているが、差出人の名はない。一応視線で尋ねてから、ティーンは封筒を開いた。中に入っていたのは、一枚の便箋だった。


 瞬間、ティーンの双眸が金色に染まる。

『親愛なるトースヴァイ司祭長へ。

 ホサイド領のレクタ族は、呪殺能力をも持つ魔眼を持つと耳にしました。危険につき処分致します』


「……………………

 ……ドルティオーク……!!」


 便箋を握り潰し、呪詛のように、憎悪と憤怒のこもった声でその名を口にする。肩が、拳が、怒りのあまり震え、噛み締めた唇は白くなる。


「……奴の名も御存じでしたか。

 やはり貴方は、四年前にレタックの神殿で保護された子供ですね?」


 エヴァーヌが呟くように言う。ドルティオークとは、件の『禁忌』の名である。その名を知る者はごく少数であるが。


「知っていたのですか!? 奴が我々の村に押し入ることを!」

 エヴァーヌの問いに答えることなく、目を金色に染めたまま問い詰めるティーンの声に、彼は気を悪くした様子もなく頷き、


「いつもそうです。奴は殺戮を行うおよそ三カ月前に、そのことを予告してくるのですよ。……止められるものなら止めてみろ……そう言うように。


 我々としても、出来る限りのことはしてきました。殺戮の対象となっている方々に警告を送ったり、こちらから戦力を送り込んだり……。


 しかし、結果として全て無駄に終わりました。どこに逃がそうと、どんな戦力を差し向けようと、奴は予告を実現するのです」


「……では、我々の村の時も……」

「勿論、警告はお送りしました。こちらからの戦力の派遣は、巫女頭のイリアという方に断られましたが」

「巫女頭が……?」


 ティーンは、青に戻りかけていた瞳を再び金色に染め、呟く。

「……我々レクタ族にとって、奴らの襲撃はまさに突然の事でした」


 金色の瞳のまま、落ち着いた口調でティーンは言う。

「当時、私はまだ十三の子供でしたが……襲撃の直前まで、大人たちにも変わった素振りは見られませんでした」


「警告が届いていなかったというわけですか?」

 意外そうに訊いてくるエヴァーヌに、ティーンは頷き、


「もしかして……警告は、村にではなく巫女頭に送られたのではないですか?」

 エヴァーヌは、ファイルを開き、ページを何枚かめくると、

「記録にはそうあります。実質的な村の統治者だという理由で」


「だとしたら……」

 ティーンは、ためらいがちに次の言葉を口にした。

「巫女頭が、警告を握り潰したことになる……。

 何故、そんな真似を……」


 瞳を青に戻し、考え込むティーンに、エヴァーヌは暫く待ってから一枚の封筒を手渡した。


「……これは?」

「二カ月前に送られてきたものです。

 このところ急成長している予言者を処分すると」


 『禁忌』は、リュシアの教義に反するものや異教を目標として殺戮を行うことが多い。レクタ族のように、特殊能力を理由に殲滅された者たちもいるが……大部分は、些細なことでもリュシアの教えに反する勢力である。


 確かに、リュシア教では予言の類いは禁じていた。未来は神のみが知るという教義故である。


「……よろしければ、その予言者についての情報を教えていただけませんか? 護衛につき、奴らを迎え撃ちたいのですが」

 予想していたその言葉に、エヴァーヌは頷いた。



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