第14話
宵の口。自室でテキストと向かい合い、眉間にしわを寄せていたウォルトは、ふと、ノックの音に顔を上げた。
もう三、四週間前になるか――ガーネット、セイズ、ティーンの三人がいなくなってからは、残された呪法院の五人の生徒にとっては悪夢のような日々が続いていた。
ティーンについては、指導に当たっていたのがハウライドだったため、いなくなっても寂しくなったという以外、特に変化はなかったのだが――問題はセイズ、そして何よりガーネットである。
セイズはただの優秀な生徒だったが、ガーネットは優秀すぎる生徒だった。何故彼女が第一級で留まっていたのか、不思議なぐらいである。ともあれ、今までは教官たちはこの二人の指導に集中せざるを得なかったのだ。セイズの才能をどう伸ばすか、ガーネットの暴走をどう抑えるか。
だが、二人はもういない。こうなってしまえば、今まで、ともすればおろそかになっていた、他の生徒への指導を徹底するのが普通だろう。現実に、そうなった。
つまるところ、残った生徒に向けられる教官の目が、今までの数倍になってしまったのである。講義は増える、実技は増える、課題は増える、補講は増える、それらの中での教官の目は厳しくなる……。教官たちにしてみれば、今までおろそかにしていたことへの詫びも含んだ結果なのだろうが……とにかくスケジュールが厳しすぎた。特にウォルトは、ティーンの助けがあって第二級の特待を得られたのだ。ティーンがいない状態では、まさにお手上げの事態である。
「……まさか教官がここまで補講に来たんじゃねぇだろうな……」
呟き、ウォルトは戸口へ向かった。扉を開けた、その向こうにいたのは――
「ティーン!?」
小柄な身体を包む厚手のローブとマント。女のように長い髪を束ねる細い紐。そして、青の双眸。間違いなく、三週間前にコロネドの呪法院に向かった筈の、ティーン・フレイマその人だった。
「久しぶりだな」
「お前、コロネドに行ったんじゃ……」
ウォルトの呟きに、彼は無言で、ブローチを出す。コロネドの紋章の刻まれた、紫のブローチ。
「……お前……本当に人間か?」
「そのつもりだが」
「院長には会って来たのか?」
「ああ。さっき挨拶してきたところだ」
「……で、どうだった? コロネドは」
ティーンを部屋に入れながら、ウォルトが尋ねると、彼は首を横に振って、
「噂は当てにならなかった。ガーネットの方がよほど手応えあった」
淡々とした口調で言う。
と、ティーンは、ついさっきまでウォルトが向き合っていたテキストに目を止める。アンダーラインがあらぬところに引いてあったり、何度もペンの先を叩きつけた跡があったりする。
「……つまっているのか?」
「ああ。もう何が何だかさっぱりだ。頭痛いぜ」
ティーンは、側にあったペンを取ると、テキストに何か書き込みをする。
「おおっ! なるほど、そーゆーことか」
合点がいったように書き込みを覗き込むウォルトに、ティーンは更に、
「紙はあるか?」
「ああ、その辺にあるの、適当に使ってくれ」
机の隅の紙の束から二、三枚取り出すと、それに何やら書き始める。しばらくして書き終えると、
「それだけは優先して覚えておいた方がいい。応用が利くからな」
「ありがてぇ。他の連中にも配ってやろ。
……ところでお前、これからどうするんだ?」
「トースヴァイに行ってリュシアの禁忌に関する情報を集めて……後は、奴に狙われそうな人物の護衛について、奴が現れるのを待つ」
「そうか……生き延びろよ」
「そのつもりだ」
ウォルトの言葉に、珍しく微笑みを浮かべ――ティーンは去って行った。
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