1、平凡の中の非凡

第3話

1、平凡の中の非凡




 白く塗られた円形の壁と、青いドーム状の屋根とで出来上がったその建物は、頂上に王国の旗をなびかせて、厳粛に静まりかえっていた。

 だが、その厳粛な雰囲気は、中から響いた祝いの、そして席の終わりを告げるファンファーレと共に、消えた。ややあって、間隔をおいて幾つも並んだ扉が開き、中から人があふれ出て来る。晴れやかな笑顔を浮かべた人々は皆、同じブローチを誇らしげに身につけていた。


 青いクリスタルの中に、このセルドキア王国の紋章が彫り込まれたブローチである。この王国の王立アカデミーを卒業した証だ。


 だが、喜びに浸る人々に混じって、一人、何の感慨も表に出していない者がいた。女のように長い金髪を細い紐で束ね、整った顔立ちをしているが、その顔にはやはり喜びの色はない。厚い生地のローブをきっちりと着込み、上からマントを羽織ったその姿にも、やはり同じブローチはあるのだが。


 彼の青い瞳は、互いの卒業を祝いあう者たちの姿など入っていないように、虚空を物憂げに眺めていた。


「おい、ティーン!」

 背後からかけられた声に、彼はゆっくりと振り返る。馴染みの深い声ではあったが、彼は振り向き、声の主を確認してから口を開いた。


「……ウォルト」

 やはりどこか物憂げな調子で、駆け寄って来た友人の名を口にする。


 黒い髪を短く刈り上げた、やや痩せ気味の男で、ティーンの頭一つ分は背が高い。……もっとも、これはウォルトが長身というのではなく、単にティーンが小柄というだけのことであるが。


「どうしたんだよ? シケた面しやがって」

 ティーンと同じくブローチを身につけた彼は、ティーンの首に腕を回しながら尋ねてくる。


「別にどうもしない。ただ喜ぶだけの要素がないだけだ」

 首に回された腕を振り払う様子もなく、彼は淡々と答える。


「お前な……そんな人生見放したような事ばっかり言ってるから、彼女の一人もできないんだそ。顔はいいのによ」

「そんなもの、欲しくもない」

 と、今度はウォルトの腕を首から外し、スタスタと歩き出す。


「……それで人生楽しいか?」

 慌ててウォルトも歩き出し、尋ねるが、答えはない。彼は、溜め息混じりにこの友人の横顔を眺めた。


 金髪碧眼。背は低いものの、一見美女と見間違えそうなほどの整った顔立ちをしている。成績も優秀で、実を言えば、アカデミーに入ったのはウォルトよりも三年も後だ。確か、まだ十七歳の筈である。


 確実に、良い噂が流れている筈なのだが、ウォルトは彼が女性と親しくしているところなど見た事がなかった。それどころか、よくよく考えれば、自分以外に親しくしている友人も思い当たらない。


 それは彼の、妙に人生を突き放したような態度のせいだと、ウォルトは思う。友好関係の広い彼だが、ティーンのこの態度に馴染むのには流石に時間がかかった。それに、ここ数年の付き合いで分かったことだが、彼の瞳は、時折、暗いものを内から発するのだ。この暗い光のせいで、ウォルトは何度も、彼の素性を訊きそびれている。何年も付き合っていながら、未だに彼の出身さえ聞き出せないのだ。無論、その暗い瞳の理由も。


「お、そうそう、礼を言っておくぜ」

「……何の話だ?」

 唐突なウォルトの言葉に、ティーンは歩きながらも、訝しげに尋ねた。


「呪法院への特待が出たんだよ。第二級でだぜ。お前が勉強見てくれたお陰だよ」


 その言葉に、ティーンはふと立ち止まる。今まで歩いていた勢いで彼を追い越してしまったウォルトは、振り向いて彼に近づこうとするが、その時には既にティーンは再び歩きだしていた。


「呪法院へ行くのか」

「あ、ああ」

 てっきり冷たくあしらわれるものとばかり思っていたウォルトは、友人の意外な反応に戸惑う。


「奇遇だな。私もだ」


「やっぱりお前も特待出てたのか?」

 ウォルトの問いかけに、ティーンは軽く頷くと、


「ああ。呪法院と戦技院、両方な」

「……両方か……。流石だな。

 で、何級なんだ? 第一級か?」

「いや……いずれも特級だ」

「特級ぅつ!?」

 平然とした友の言葉に、ウォルトは思わず大声を上げていた。


「お前……特級呪法士になって、その上特級戦技士になるのか?」


「まぁな。先に戦技院に行って、呪法院は後のつもりだが」

「軍の特殊部隊にでも入るつもりか?」

「そういうわけでもないんだが……」


「しかしお前……アカデミー卒業に呪法院と戦技院の特級特待……これだけ揃って、一体何が『喜ぶだけの要素がない』なんだ? 俺なんか、第二級の特待決まった時点で、宴会開いてたぞ」


 確かに、このアカデミーの卒業生であっても、呪法院や戦技院の特待が得られることは滅多にない。せいぜい、ほんの一握りの者たちが、どちらかの特待をどうにか得る程度である。それも、ほとんどが第四級程度で、第二級・第一級、ましてや特級などは何年、十何年に一人といったところだ。実際、ウォルトなどは第二級の特待が決まった時点で、周囲からかなりの驚愕を向けられたのだから。


 ウォルトの言葉に、ティーンは暫し黙り込み、

「……ああ、最初の話か」

 合点がいったように頷いた。


「率直に言えば、だ」

 そう口を開くティーンの瞳に、あの闇があることにウォルトは気づいていた。だが、ここは話の続きを待つ。


「ここの卒業も、呪法院や戦技院に入ることも、私の目標ではないということだ。確かに目標に近づくための手段ではあるのだが……私の真意とはほど遠い」

「目標? 真意?」


「……………………

 そうだな……お前には話しておくか」

 首を傾げる友人に顔を向け、彼は非常に珍しい表情を見せた。


 ――微かに、笑って見せたのだ。



◆◇◆◇◆

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