第96話

 店主はすぐに雪鈴を奥のレース工房へと案内してくれる。

 十数名のレースメーカーが織り台に向かってボビンを繰り、その向かい側ではニードルポイントレースの生産がされていた。


「こういうボビンがいいんですが……」

 あの、呪王との決戦の日に、エリシア邸のものは殆ど全てが使い物にならなくなった。というか、エリシア邸が壊滅した。

 雪鈴の織り台もボビンも、燃やされるか焦げるか礼竜の血にまみれるかで使えなくなった。今日雪鈴が持ってきたのは、丁鳩邸に残っていた予備のボビンのひとつである。なお、数は少なく、とてもレースを織ることはできない。


「クンレア式ですね。大丈夫です。珍しい型ですが当方に在庫はございます。……ですが、材木が違ってしまうので急ぎ彫らせましょう。

 ……材木はこの木でよろしいでしょうか?」

「音の良い木がいいです」

 実際、雪鈴にとって音は重要だった。音によって捗り具合も出来も違う。


 ならば、と、店主は様々な木でできたボビンを持ってきて、織り台の上で転がし始めた。



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