第95話
礼竜は蕁麻疹が治ったと分かった途端、医師の軽い診察の後公務に連れていかれた。
雪鈴は今、丁鳩と臙脂の近衛騎士が辺りを警戒する中、エルベット城下の街並みを歩いていた。
魔国と違って、エルベットの民は王族の【お忍び】での外出を当然のこととして受け止め、まるで一般人が居るかのように流してくれる。
今日のお忍び外出は本来なら、義兄と数名の騎士と行けば済んだのだが、先日の襲撃事件のせいで警備が物々しかった。
雪に慣れない雪鈴の手をメリナが取ってくれている。丁鳩はじめ、護衛が手を取っては警備ができないからだ。
魔国から国境を越えた時に礼竜に教わった雪道の歩き方を思い出しながら歩く。
「ところでお義兄様。ライは今日は何の公務なんですか?」
「あー、それな……」
丁鳩は気まずそうに頬を掻き、
「風成の実験に付き合わされるって公務だ」
「……え? 実験……?」
「風成は滅多にできる王族居ねぇしな。魔導研究者もデータが欲しいんだろ」
「……実験動物……ですか?」
丁鳩は誤魔化すように雪鈴の頭を撫で、
「大事な王族だ。粗末にはしない……と思うぜ」
着ている分厚い外套の下は、室内の軽装だ。聞けば、このエルベットの暖房はすべて王族の魔力で賄われているらしい。
部屋の温度だけではない。畑の水も川や湖が凍らないのも、すべて王族の魔力だそうだ。丁鳩曰く、王族が居なかったらここに人は住めないとのことだった。
と、目的の場所に着いた。王都でも最大のレース工房である。表ではレース専門店も開いている。
「じゃ、俺が先に見てくるわ。
お前ら、頼んだぞ」
『はっ!』
人の出入りを止めるようにレース店には言ってある。あとは、丁鳩が中を見て妙なものが紛れ込んでいないか確かめれば大丈夫ということだ。
「大丈夫だ。
雪鈴。俺、こういうのは専門外だから外で待つわ」
店主を伴って現れてそう言った丁鳩だったが、店主の「お寒いですからお入りください!」の声に負けて一緒に入店した。
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