第86話

「礼竜殿下!

 いい加減になさって! 手加減してください!


 どれだけ痛いんですか?

 逃げられますよ? 捨てられますよ?


 母上に報告しますから! あとで叱られてください!」

 雪鈴を代弁するようによよよ、と泣く仕草をライオルがする。


 先程、民衆の前ではそれこそ牛が歩くようなゆっくりで馬車は進み、大きく開いた窓から手を振っていたら……礼竜がいきなり雪鈴を膝に抱いて手を振り始めたのだ。


 今もその体勢である。


「あの……ライオルさん……」

「ライオルとお呼びください。

 愛称はイオルです」


「駄目だよ。呼び捨てにして」

 息がかかるくらいの耳元で囁かれ赤面に赤面を重ねる。

「イオルが怒られるから」


「こいつ、イオルまで兄様兄様って呼んで、後でイオルがしこたま叱られてたの知ったんだよ」


 ライオルの肩に手を置き、丁鳩が補足する。

「乳母兄弟って言ってもけじめは要るんだ。

 まあ、その辺は俺が説教したんだけどな。ライに。


 言うこと聞かねぇから困ったよ。殴っても全然聞かねぇ。

 でもまあ……


 イオルが叱られた、って聞いたら素直になったんだよな?」

「兄様、それは……」


 今度は礼竜が顔を真っ赤にして言うが、


「やっぱり……乳母兄弟だったんですか?

 でも……」

 十四歳の礼竜に対してライオルは丁鳩と同じくらいに見える。

 それに、先ほど礼竜が二十歳の祝いを述べていた。


「あ! 正確には乳母姉の兄です!

 母上が礼竜さまの乳母で、私の末の妹が礼竜さまの乳母姉です!」

「こういう親戚繋がり全部引き立てちまうとこ、エルベットらしいよな。

 かく言う俺も、ライの兄ってことで入れてもらってるんだが。


 ……で、ライ。

 いつまでそうしてるんだ?」

「最初はいい構図と思いましたけどね、見てて痛いです!


 雪鈴妃の心中をお察しするともっと痛いです!」

「なにさ!」

 言われて礼竜は膝の上に抱いた雪鈴をきつく抱き直す。


「あ、あの……言わないで。

 言うとむきなるから……」


「あー……

 気が済んだら放してくれるってパターンですか?


 ていうか、気が済まないと放さないんですか?


 礼竜さま! あとで母上を差し向けます!

 写絵つきでチクります!


 節操を持ってください!」

「ま、待ってよ!


 乳母様は……」

「では、即刻お放しください!」

「やだ!」

「では、母上にチクります!」

「……え~?」


「ライが悪い。

 ったく、雪鈴に甘えまくりやがって……」

 雪鈴に甘えたところで誰も叱られない……そういう打算があってやっているようにしか見えなかった。



◆◇◆◇◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る