第85話

「こいつがおぼっちゃまだって、分かったか。雪鈴?」

 四人乗りの座席で礼竜の目の前に座った丁鳩が言う。

「おぼっちゃまって何ですか?」


 本当に腹を立てたらしい礼竜に、

「じゃあ温室育ちだ」

 手を伸ばして頭に置いて平然と丁鳩は返す。


「雪鈴妃……

 ……すみません、王族の方々、……これが普通です。


 丁鳩さまは紛うことなき質素倹約派でして……」


 申し訳なさそうに丁鳩の横に座ったライオルが補足する。

「まあ、正直アレですよね……」


「アレって何?」

 むきになるあまり隣の雪鈴を引き寄せて縫いぐるみでも抱き締めるようにしながら、ジト目で礼竜は問う。


「贅沢が過ぎるって言ってるんだよ。

 これさえなけりゃ、いいとこなんだが……。


 まあ、安心しろ。雪鈴。

 魔国と違って、王族の仲はいいからよ」


 窓の景色の移り変わりを見ると、馬車はかなりの速度で走っているのだろう。

 にもかかわらず全く揺れていない。


 この揺れ防止の仕組みだけは丁鳩も取り入れて魔国で使っていた。外装は使わなかったが、素材は同じものを使っている。


「雪鈴妃? 大丈夫ですか?


 まあ、不安ですよね……。いきなりこんなことになって。

 丁鳩さまからは、レース編みが趣味の家庭的な女性と聞いていましたし……。


 あ、道の脇に民草が立っていたら、速度を緩めて窓を大きく開けます。

 笑顔で手を振ってください」

「……え……?」


「礼竜さま?


 どうしてこういうことを先に説明なさらないんですか?

 これじゃ騙し討ちじゃないですか?」


 無邪気に頬を膨らませる礼竜にライオルがくどくど言う中、

「あの、お義兄さま。

 本当に手を……振るんですか?」

 斜め直線上でライオルの声が飛んではいたが、なんとか斜め前の丁鳩に訊くと、

「すまん。本当。

 俺も手を振るから、ライを恨んでくれ。


 まさか……言ってないとはな……」

 沈痛な顔で言われ、ただ観念した。



◆◇◆◇◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る