第80話

「……皆さん、やけに嬉しそうですが……何かありました?」

 王都に入ると、皆が同じ方向に向かっている。

 その中の一組の親子連れに声をかけると、隣の親子連れまで巻き込んで勢いのいい返事が来た。


「お兄ちゃん、知らないの? 呪いがとけたんだよ!」

 びっくりして声をあげたのは、小さな女の子だった。

「ファムータルさまが、わるい王さまをやっつけたんだよ!」

 隣の親子連れからまた小さな男の子が声を上げる。


 一緒に歩きながら話を聞くことにした。


「一時は暗殺騒ぎもあって怖かったがね……やはり祝福の子であらせられたよ」

「まあ、お兄様はちょっと……だけどね」


 言いながら、「命知らずのみ入ってくること」と、真新しい看板が立てられた道を歩く。


「あれ、こっち、呪われた宮殿じゃ……」

「お兄さん! 意気地なし?

 大丈夫よ。もう呪いはないもの!」

 親子連れの長子らしき女性が小走りに奥へ駆ける。

 それを追うように、二組の親子連れは宮殿の敷地に入っていった。


 嘗て忌み嫌われた王宮本殿の敷地には、ところ狭しと民衆がひしめいている。


「皆様。お集まりいただき、ありがとうございます」

 待ち望んでいた声が響くと、民衆はきょろきょろと辺りを見回し始める。


「おうじさま、どこ?」

「ファムータル殿下……」

「静かにして! 聞こえないよ!」


 風が吹き、空いている場所――なんの段差も隔たりもない場所に、銀の人影が現れる。


「皆様ご存じとは思いますが、経緯を。


 この国を呪う王家は、途絶えました。

 我等兄弟もこの地を去ります。呪王はもう居ません。


 呪王の血を引くものも、残りません」


 また風が吹き、五名の人影をそこに残す。


「この五名が、暫定ですが新しく国を治める議会の長です。


 挨拶をお願い致します」


 言われて挨拶が続く中、

「ファムータル様は行っちまうのか……」

「そうみたい……。

 残ってほしかったわ……」


 口々に残念そうな響きが残る。


「最後にお願いがございます。

 王宮本殿、エリシア邸、丁鳩邸……いずれも皆様が必要に応じて取り壊してくださってもどうなさっても構いませんが……エリシア邸の一角のエルベット・ティーズに包まれた墓地だけは、個人的な願いで恐縮ですが、残していただきたく存じます。


 もちろん、皆様のお心次第ですが」


「……殿下。恐れながら、いいですか?」

 ファムータルの最後の言葉を遮ったのは、年配の男性をはじめとする一同だ。

「俺……いや! 私たち、西のザルト地区の墓守ですが……エリシア妃たちのお墓、我々にお任せ願えませんか?

 責任を持ってお守りします!」


「ちょ、ずるい!

 お父さん、ほら、


 北のユズロ地区の墓守です!

 あの、私たちも……」


「墓守じゃなくたっていいでしょ?

 俺たちも市民運動でお守りしますよ!

 ファムータルさま!」


「皆……ありがとう……」


 一陣の風が吹き、儚い銀色の人影は風に消えていった。






 魔国から呪いの名が消え、新しい名が決まっても暫くは――エルベット・ティーズの墓地は、史跡として残っていたという。

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