第79話

「……くっ!」


 風が風圧の刃を更に強めて【国王だったもの】を切り裂き、ファムータルの血で封じる。


 風の壁の中で【嘗ての国王】の炎が爆ぜ――灰が辺りに残った。


 今度こそ――


 厳重に呪いの消滅を確認し、そこに残っているのが灰だけだと確かめて、雪鈴に向き直る。


 当の本人は、きょとんと事態に追い付いていない様子だ。


「大丈夫だ。命に異常はない」

 祖父の手から雪鈴を預かり、

「何を入れてたの?」

 銀の【エルベット・ティーズ】が咲いた胸元を見詰めながら問うと、彼女は慌てて懐を探り――


「僕の……髪?」

 嘗て、魔力を定着させるために雪鈴に贈った銀糸の束が、焼け焦げた姿で現れた。


「なるほど。

 礼竜の血だけでなく、髪も呪いを消せたか……」


 要するに身体の一部ならいいのか?と、祖父はぶつぶつ呟いている。


 脱力して雪鈴ごとその場に頽れたファムータルは、ふと、語りかけられている気がして辺りに視線をやった。


 最初の爆炎でかなりのものが焼け焦げていた。これは部屋のもの――どころか、また建物が立て直しになるだろう。


 ふと目が合ったのは、炎を浴びた母の写絵だった。


 近づいて観察すると、額縁は確かに焦げているが、写絵は運良く無事だ。


 これなら額縁さえ替えれば――と思った瞬間。


 ――置いて行って。


 そう聞こえた気がした。


 ――私はあの人と一緒に眠ります。


「母様……」

 ファムータルは、戸惑いながら写絵に語り掛ける。

「そんなに……【父様】のことがお好きですか?」


 あの呪王クズを父と呼ぶのは、これで最初で最後だと、心に決めて言う。

「……分かりました。では、こうしましょう。

 母様のお墓に入っている遺髪は、悪用されると困るので回収します。

 代わりに、母様のこの絵と……」

 ちらり、と、先程の風で綺麗に盛り上げられた灰に目を走らせ、

「【父様】の遺灰を、一緒にお墓に入れましょう。


 それでいかがですか?」


 写絵から「話が早くて助かるわ」と声が聞こえ、にっこり満足そうに微笑んだ……ような感じが伝わってくる。


 そうして、会話は終わった。


「…………」

 気のせいだったのか……とも思うが。

 約束はした。


 ややあって、このまま母の写絵と【呪王】の灰を一緒に入れることにためらいが浮かび……慌てて懐から出したものでそっと写絵を包む。


 灰を少し回収し、

「雪鈴」

 鳥のやり取りに必死な祖父の脇を抜けて雪鈴を連れて墓地へ行く。


「良かった。ここは無事だった」

 エルベット・ティーズの花園と墓地をゆっくり眺め、母の墓へ行くと墓石をずらす。


「大丈夫だよ。雪鈴」

 入っていたのは、遺体ではなく遺髪が一束だけだった。

 それを回収し、抱えていた母の写絵を入れようとする。


「母様の写絵、めちゃくちゃに焦げてたから……ここに入れようと思って」

 写絵はもう、中が見えないように覆ってある。

 焦げた……という言葉で、写絵にもう魂は宿らないと思ったのか、雪鈴も見送ろうとしたが――

「ライ、それ――」


 ファムータルが母の写絵を包んだものは――以前、鳥の粗相が付き喧嘩の種になったレースだ。


「――あ、ごめん。

 でも、もうみんな焦げちゃってこれしかないし……」

「まだあるわよ。

 ほら……」


 雪鈴が懐からレースを出して渡してくれる。


「……これ!」

 昨日、やっと織り上がったと誇らしげにしていた、大事なレースだ。


「いいの。

 ……いいから……一緒に入れてあげて」

「……うん」

 頷き、雪鈴に見えないようにレースを替えて大切に墓の下へ入れる。


 ――おやすみなさい。母様。


 もうレースで覆われていて、それを剥がさない限りは「焦げた」というのがファムータルの嘘だと分からない。


 扱いの差は歴然で、【呪王】の灰はその辺の焦げた埃まみれの小さな布袋に詰められて墓石の下の隅っこに転がされていた。


 ――一応、約束しましたから。


 心の中で呪王に舌を出し、墓石を元に戻す。


「お義母様の写絵、焦げてしまったのでライがお墓に埋葬しました」


 来た祖父に雪鈴が説明する。


「そうか……あの絵を焦がすとは……ついに狂ったな。


 それより、丁鳩から指示がきた。

 呪王の死を以て魔国に留まる理由が無くなった。故にエルベットに凱旋する、とな」


 吹く風に、エルベット・ティーズが花弁を舞わせる。


 呪王は――死んだのだ。

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