第72話

 雪鈴の機嫌を取ることには成功した。

 ファムータルが彫った歪なボビンを喜んで受け取ってくれて、使いにくいだろうに使ってくれている。


 魔国は標高も低く、雪の降る日は少ない。

 エルベットの冬とは違う様相も見慣れれば馴染みのものだ。

「……そろそろ、一般道路が封鎖だな」

 エルベットへ行くにつれて雪が深くなる山道は、冬の間は魔国からエルベットに登る道路が閉ざされる。


 昔魔国の民が多く、冬の山道の恐ろしさを知らず登り、命を落としたためだ。


 山道が分かっている人間には別の道路を用意してある。

「【鈴華越え】までの辛抱だな……」


 と、先程から弟の返事がないことに気づき、見ると、せわしげに馬車が今来た方向を振り返っている。


「……どうした? ライ」

「あ、いえ……」

 今日の公務は遠出になる。

 晴れていたため、ファムータルの日焼け防止と体力温存の意味で馬車に乗ったのだが……

「……なんだか胸騒ぎが。

 多分……気のせいです。エルベットの勘は、大事な人には役に立たないし……」

「……おい」

 弟の頭を潰さんばかりに握ると、

「それを先に言わねぇって時点で、充分に勘が的外れじゃねえか?」

「……?」


 弟の肩を掴んで揺すりながら、

「危ない気がするのはどこだ?」

「エリシア邸です。……多分」

「義祖父様は?」

「嫌な予感がするって言って、雪鈴を見ててくれるそうです」


「大事だ!」


 急ぎ御者に言って停めさせると、来ていた近衛兵たちに色々と指示を出し始める。


「兄様、エルベットの王族の勘は……」

「だから!

 それをなんともないで受け流した時点で、充分に墓穴掘ってんだよ!」

 一瞬遅れて顔を強張らせる弟に構うことなく、指示を飛ばし鳥を飛ばす。


「ライ!」

「は、はい!」

 丁鳩は自分の愛馬に弟を乗せると、

「お前は先に戻れ!

 こいつは荒事に慣れてるし、お前の馬より速いだろ!

 魔力で増幅しろ!」

 ためらいなく走り出させ、その背を見送る。


 ……雪鈴……お祖父様……

「危ない……のかも……」

 呟くにつれ、それは確信に変わっていく。

「急ごう!」

 兄のほうを振り返ることなく、姿勢を低くし馬の嘶きと共に駆け出した。

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