第70話
「兄様?
それ! 呪いですよね?」
「……ん……」
目敏く丁鳩の顔に散っている赤い線を指す弟に、気まずそうに目を逸らす。
「いや……ちょっとな……」
どう説明するか悩んでいると、
「また本殿に入ったんですか?
何の用があって入るんですか?」
勝手に王宮本殿の調査をしたのだと勘違いしてくれてほっとする。
――あのカスは、生かす利益もないが殺す手間が大きいので未だ離宮の政治犯収容所で管理しているが……最近は理性が崩壊を始めたようで呪いを撒き散らす存在となっており、エルベットと今後の処理を相談中だ。
順に魔力を込めた指先で傷をなぞり、消してくれる。
「……僕だってお役に立てるように頑張りますから……今度、気が向いたら話してください」
「ありがとな。
傷は小さくてもヒリヒリ痛かったんだ。助かった」
ぽんぽんと弟の頭を撫でると、
「もう、兄様……。
僕だって魔国の王族なんですから、荷物持たせてくださいよ?」
不満げに頬を膨らませる。
「悪りい。
……で? 何の用だ?」
「あ……」
今までとは態度が一転してしどろもどろになる弟に、
「雪鈴のことだろ? お前ら、喧嘩したってな」
「な! どうしてそれを……!」
「あれ? 当たりか?」
鎌をかけられたのだと理解し、弟は観念したように。
「鳥が僕の背中に落とし物をして……」
経緯を話し始める。
「お前なぁ。傷に落とし物させるって……どれだけのほほんとしてるんだよ?
前は傷に何かが近づこうもんなら、血相変えて追い払ってたくせに」
重い鎧のパーツをひとつひとつ外しながら言うと、
「その……雪鈴が包んでくれてて……温かくて……油断しました」
反省しましたという様子で項垂れる。
「それが普通だよ」
「……?」
「普通はそんな重い傷なんてないんだよ。
【あの措置】受けても痛くないって言う奴、王族の記録にもないしな。
安心して普通に戻れ」
「兄様……」
どう反応すべきか分からないが、どうしても何か言葉を返したくて考えていると、目の前に見覚えのあるものが差し出される。
「これ……雪鈴の……」
「知ってるか?
ボビンはな、夫や恋人が手で彫って渡すのが愛の形だとよ」
「……え?」
全然知らなった。
差し出されたボビンを手に取って見詰める。
「エルベットでの言い伝え……ですか?」
「んー、ボビンレースやってるとこなら、大抵言われてるぞ。
ほら」
続けて兄が持って来たのは、長方形に切り出された木片だ。
「どうせ彫り方も知らねぇんだろ?
そのボビンは雪鈴の好み聞いて揃えた中のヤツだし、雪鈴が好きな形はそれで間違いない。
あとは、彫り方だな。
……って、お前にゃこっちのほうが難関か……」
ごくごく小さなナイフを持ってきて手本を見せてくれる。
「怪我はしないように気を付けろよ。
怪我してたら公務で見られるし、雪鈴もびっくりするだろ?」
言いながら彫り方を弟に詳しく解説する。
何故……ここにそれだけの準備があったかを、言わないまま。
自分が贈りたくて準備したと、決して告げぬまま。
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